「週刊新潮」での書評、今回書いたのはノンフィクションです。
『ペテン師と天才~佐村河内事件の全貌』
神山典士
文藝春秋
昨年2月、「現代のベートーベン」「全聾の天才作曲家」と称賛されていた佐村河内守の“虚構”が暴かれた。その作品は音楽家の新垣隆が手掛けたものであり、全聾などの障害も世間の注目を集めるための設定に過ぎなかったのだ。
なぜこんなことが起きたのか。その疑問に答えるのが本書だ。著者は週刊誌でのスクープをはじめ、この事件と直接関わり続けてきたジャーナリストである。
佐村河内は自分を売り出すために、「聴覚障害」「被爆二世」「クラシック音楽」という3つの迷宮を作り上げる。その物語を増幅し、神話化させていったのがマスコミであり、中でも2013年3月放送のNHKスペシャル『魂の旋律~音を失った作曲家』の影響は大きかった。
番組は耳鳴りなどに苦しみながら作曲しているという佐村河内に密着。「闇の中からつかんだ音みたいな、そういったものこそ僕にとっては真実の音なんじゃないかな」などと語る姿を一種のカリスマとして描いた。放送後はネット上に感動の声が溢れ、CDの売り上げも急増した。「Nスペ」のブランド力によるものだ。
実は、この番組には佐村河内がまさに作曲しているシーン、楽譜に書き込んでいる映像が無い。耳が全く聞こえないのに作曲するという核心部分を映像で押さえないまま番組にしていたのだ。なぜそうなったのか。事実よりも「現代のベートーベン」という“物語”と“感動”を優先させたからだ。
著者はこの番組を「取材過程も編集内容も全くジャーナリズムの常道を逸脱したもの」「佐村河内の存在価値を持ち上げるための報道」だったと厳しく批判する。
本書の長所は著者が自分自身を棚上げしていないことだ。自らを含むマスメディア全体が佐村河内の虚構づくりに加担した“加害者”であることを踏まえ、「自分の欲望にあまりに正直なペテン師」と「便利に使われた音楽馬鹿の天才」の起こした事件の実相に迫っている。
『安倍官邸の正体』
田崎史郎
講談社現代新書
誰がどのように国の方針を定めるのか。著者によれば、核心の事柄は首相、官房長官、主席秘書官の3人で決める。注目すべきは「最高意思決定機関」としての正副長官会議の存在だ。ここでの協議で方針を固め、政府全体を動かすのだ。国家権力の構造が見えてくる。
『2015年版 間違いだらけのクルマ選び』
徳大寺有恒、島下泰久
草思社
第1作の登場は76年。VWゴルフを紹介してクルマのスタンダードを提示した。愛情に裏打ちされた国産車への厳しい目と共に、徳大寺有恒の名を世に知らめた一冊だった。昨年11月に急逝した著者の「最後の原稿」を掲載したのが本書だ。クルマの伝道師に合掌。
(週刊新潮 2015.01.22号)