「週刊新潮」に書いた書評は、“吉原の女帝”をめぐるノンフィクションなどです。
いやあ、いろんな人生があるもんですねえ、って当たり前か。
<ノンフィクション>
清泉 亮 『吉原まんだら~色街の女帝が駆け抜けた戦後』
徳間書店 1944円
ノンフィクションを読む楽しみとは何だろう。理屈抜きで言えば、「知らなかったことを知る」醍醐味ではないだろうか。しかも社会問題や事件などの真相もさることながら、人間の面白さに勝るものはない。「こんな人がいたのか」、「こんな人生があるのか」という驚きと共に、人間や社会に対する既成概念を覆される快感があるからだ。
本書の主人公は、「おきち」こと高麗(こま)きちという女性だ。93歳になるおきちの別名は“吉原の女帝”。赤線時代からの吉原を知る生き証人である。戦後の70年間、キャバレーからソープランドまで、男たちの欲望に応える様々な商売を手がけてきた。もちろん、これまでメディアには一切登場していない。
現在も吉原の街で暮らすおきちは得体の知れない著者を「フーテン」と呼び、なぜか例外的に自宅への出入りを許す。以来4年間、雑談のような、取材のような不思議な会話を続けてきた。徐々に明らかになるのは、亭主の思いつきから、いきなり「女郎屋」の経営者になった女性の波乱万丈の半生だ。
そこには法律や権力とのせめぎ合いだけでなく、吉原という場所ならではのサバイバル、さらに店を取り仕切る苦労があった。「人殺しを使えるようじゃなきゃ、やってらんねーんだよ」という口癖にもリアリティがある。今もなお、一介の老人にすぎないはずの彼女の元には、代議士や地元有力者、銀座のママまでが相談に訪れる。著者はそんなおきちに、人間的魅力と経営者的才覚を見るのだ。
本書ではもう一人、日本最大のソープランドチェーンを率いる鈴木正雄会長の人物像も描かれる。“ソープの帝王”が語る戦後は、まさに「こんな人生があるのか」の連続だ。著者はおきちや鈴木から話を聞くと同時に、吉原の歴史や風俗に関する膨大な資料を再構成し、的確に挿入していく。それが本書に私家版・遊郭文化史とも言うべき独特の奥行きを与えている。
<十行本棚>
野村宏平 『乱歩ワールド大全』
洋泉社 1620円
全作品をキャラクター、トリック、設定などから多角的に精査している。怪人、美女といったキーワードで浮かび上がる乱歩ワールドの住人たち。また変身願望、覗き趣味、自己愛から見た作家・乱歩。研究家というより“乱歩狂”と呼ぶべき著者の労作である。
内田樹:編 『日本の反知性主義』
晶文社 1728円
社会に広がる反知性主義と反教養主義を論じよう。そんな編者の呼びかけに集結したのは『永続敗戦論』の白井聡、『愛と暴力の戦後とその後』の赤坂真理、『路地裏の資本主義』の平川克美など9人。この国を危うくする政策が支持される背景には何があるのか。
(週刊新潮 2015.05.28号)