関西から切り取る普遍
ドキュメンタリー制作で気を吐く民放局
早朝や深夜を中心に、在阪の民放テレビ局が質の高いドキュメンタリー番組を放送し、奮闘している。関西は関東に比べ、ドキュメンタリーの視聴率が高いといわれる。放送後、映画化されるなどの反響を呼ぶ番組も少なくない。関西発の報道番組を巡っては、先日、NHK大阪放送局制作の番組に「やらせ疑惑」が浮上した。「視聴率競争」の荒波の中で制作を続ける現場の担当者に、現状や番組にかける思いを聞いた。【棚部秀行】
◇中央発で拾えぬ部分を/地域が持つパワー実感
◇地元への近さを大事に/自由な番組作りが可能
早朝・深夜帯ゆえの挑戦
「大きなカメラですみません」。静岡県伊豆市の山あいの町。太平洋戦争でガダルカナル島(ソロモン諸島)から生還した男性(93)の自宅居間で、関西テレビ(KTV)のディレクター柴谷真理子さん(45)は、男性へのインタビューを始めた。「戦後70年」に合わせ、8月に放送する番組の取材だ。柴谷さんは、ゆっくり大きな声で質問し、相手の言葉を辛抱強く待つ。男性は「あんなバカな戦争を、やってはいけない」とつぶやいた。
これまでに沖縄や長崎など日本各地の戦争体験者への取材を済ませたという。海外取材も控えている。柴谷さんは「比較的、どこにでも行かせてもらっています」。放送予定は関西ローカル。取材中に大阪の放送局であることを意識するか、と聞くと「たとえば沖縄へ行くと、中央発の情報だけでは伝わっていないことがたくさんあると分かる。そこを取材することが役割だと思っています」と述べた。
一方、読売テレビ(YTV)は、日本テレビ系30局で共有するドキュメンタリー番組枠(週1回)で、年8〜10本を制作している。系列局から寄せられた企画書がふるいにかけられ、制作・放送に至る。必然的に地元ネタが多くなる。プロデューサーの堀川雅子さん(44)は「少年法や児童虐待に関する法律の改正など、関西在住の事件の被害者や支援者の声が国を動かす例が多い。関西が国を変えていく動きを目の当たりにしています。積極的に国や行政に声を上げるパワーは特有の気がします」と地域性について言及した。
テレビ大阪(TVO)報道部のプロデューサー人見剛史さん(45)は、天王寺動物園に長期間通い高齢のゾウの晩年を追った。「報道の役割は変わりませんが、政治や経済の中心でニュースがたくさんある東京に比べ、地元に密着しているという思いはあります」と力を込めつつ、「日々の仕事を掛け持ちしながら、長期の時間を確保するのはやはり難しい」と付け加えた。
毎日放送(MBS)には在阪民放で唯一、ドキュメンタリー制作専門の部署がある。編集室を訪ねると、10日後に放送を控えた番組の編集作業が山場を迎えていた。ディレクターの津村健夫さん(51)が「この言葉で意味が分かるかな」などと編集マンと相談しながら、膨大な録画映像から番組を作り上げていく。
MBSは毎月最終日曜の深夜、自社制作で関西ローカルに定時のドキュメンタリー枠を持つ。「ディレクターの思いで自由に番組が作れる。日本で一番、社会的な問題を扱うのに恵まれた場所かもしれない。ただ全国レベルの志で作っていますが、深夜ローカルというのはジレンマですね」と津村さんは話した。
朝日放送(ABC)はYTV同様、テレビ朝日系24局が持つ週1回の枠に、年7本程度の番組を送り出している。ドキュメンタリー担当プロデューサーの藤田貴久さん(51)は、東京で全国ネットの報道番組を長く担当してきた。視聴者が少ない早朝・深夜という時間帯や関西の特性をどう捉えているのだろうか。「じっくり見ていただける番組を作れるし、チャレンジもできる。他の時間帯だと、シビアな内容ではハレーションを起こす可能性もあります」。そして「大阪は権力のしがらみもなく、取材しやすい」と藤田さんは肯定的な見方を述べた。
今年は阪神大震災20年、JR福知山線脱線事故10年、さらに戦後70年と節目の年が重なっている。取材体制や放送頻度は違うが、各局の担当者は、スピードが要求される日々のニュースとは別の視点から、時代の側面を切り取ろうと悪戦苦闘していた。「日本の今は、日本のどこかの今でしかない。身近な日常の先にしか普遍はない」。取材中、あるディレクターが話した言葉が心に残った。
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◇在阪民放のドキュメンタリー番組枠
放送局 番組名 放送時間帯
MBS 映像’15 毎月最終日曜深夜0時50分(ローカル)
ABC テレメンタリー2015 毎週日曜朝5時20分(全国ネット※)
KTV ザ・ドキュメント 不定期(年6回以上、ローカル)
YTV NNNドキュメント’15 毎週日曜深夜0時55分(全国ネット※)
TVO ザ・ドキュメンタリー 不定期(年2回程度、全国ネット)
※随時自社制作
◇碓井広義・上智大教授(メディア論)の話
関西の民放ドキュメンタリーの特色は、大上段に天下国家を論じるのではなく、生活感があって、足元の日常を掘り下げている番組が多いことだと思う。キー局が、局内外に忖度(そんたく)し、自主規制を強めている中、中央との距離をうまく利用して取り込まれないでいる。
関西の放送局のドキュメンタリー制作者や報道番組の担当者と話をしていて感じるのは、「真面目」「好奇心」「反骨精神」だ。そして良い番組というボールを投げると、共感してきちんと打ち返してくれる視聴者がいる。この信頼関係が番組作りの土壌になっていると感じる。
(毎日新聞 大阪朝刊 2015年05月29日)