古沢さんの本の影響は、古書を手にした時、つい“痕跡”を意識するようになることです。
私自身は痕跡で買うにまでは至りませんが、一種の倒錯気分というか、主客転倒が倒面白いですね。
「週刊新潮」の書評欄に書いたのは、以下の本です。
古沢和宏 『痕跡本の世界~古本に残された不思議な何か』
ちくま文庫 842円
「わが道はすべて古本屋に通ず」という名エッセイを遺したのは、“古本の巨匠”植草甚一だ。その中に、古本屋巡りの帰途、電車内で買った本を一冊ずつ撫でまわす光景が登場する。古本愛の為せる業だ。
ただし植草翁には、古本に記された書き込みや線引きや、挟まれたメモに反応する傾向はなかった。著者はこうした前の持ち主の痕跡から、人と本の「物語」を想像して愉しむのだ。
たとえば戦前の詩集に残る2人分の記名で、女学校の学生による“青春の引き継ぎ”を妄想する。もちろんイラストや日記、注釈などの書き込みも著者を大いに刺激する。「痕跡本を読むとは、自分の嗜好を読むこと」である。
奥村 宏 『資本主義という病』
東洋経済新報社 1620円
この国が抱える様々な問題。その核心部分に株式会社があるというのが著者の主張だ。巨大企業が支配する、法人資本主義体制の危機。あらゆる事業で会社が大きくなり過ぎたことの致命的弊害を指摘しながら、巨大企業の解体と新たな企業の創造を提案する。
オキシロー 『今夜は何を飲もうか』
TAC出版 1728円
長く入手困難だった“伝説の酒&酒場エッセイ”が、追加・修正を経て甦った。ウイスキー、カクテル、ビールなどをめぐる洒脱なエピソードが冴えわたる。店選びは「自分の状況(気分や人数など)と酒場の在り方で」と著者。最終章での「酒の肴」紹介も有効だ。
小林信彦 『女優で観るか、監督を追うか』
文藝春秋 1890円
週刊誌連載の人気エッセイ、2014年分である。大瀧詠一の死にショックを受け、クリント・イーストウッド監督の頑張りに拍手し、大河ドラマ『八重の桜』の綾瀬はるかから、映画『もらとりあむタマ子』の前田敦子までを論評する。多くの示唆に富む文化時評だ。
(週刊新潮 2015.07.16号)