渡部昇一先生の新刊『渡部昇一 青春の読書』には、何枚ものカラー写真が収録されている。
その中で、やはり目を引くのが、書庫の風景。
これがまた、思わずため息が出るほどのスペース、書棚、そして蔵書の充実ぶりで、完全に「図書館」なのだ。
立花隆さんの“ネコビル”とは、また違った意味で、とんでもない世界です。
「週刊新潮」の書評欄に書いたのは、以下の本です。
渡部昇一
『渡部昇一 青春の読書』
ワック 3996円
講談社現代新書で最大のベストセラーといわれる『知的生活の方法』。人生において時間こそが貴重なものであること。その時間を有効に使うこと。自分の頭で考えること。可能な限り知的環境を整えることなど、約40年前の本とは思えないほど、現在も有効なヒントに溢れた一冊だ。
上智大学名誉教授の著者は今年85歳になるが、その衰えを知らぬ記憶力と文章力は本書でも存分に生かされている。山形県鶴岡市での幼少時代に始まり、旧制中学、新制高校を経て上智大学英文科に進み、やがてドイツ留学へと至る青春の軌跡が、出会ってきた「本」と「人」を軸に語られていく。
生家は決して裕福ではなかった。しかし父親は息子に、近所の書店で自由に本を買うことを許す。興味深いのは、少年時代の著者が「少年講談」シリーズの全巻収集に乗り出すくだりだ。少ない小遣いを貯めて一冊ずつ集めていく様子は、国内有数の蔵書家として知られる現在の著者と重なって微笑ましい。
また本書で一貫しているのが、知の案内役としての辞典や辞書に対する熱い思いだ。『新字鑑』『新撰漢和辞典』『ウエブスター辞典』などを徹底的に使いこなすことで、著者は知識人としての地盤を固めていく。『新字鑑』が欲しくて、借りたものを書き写そうとした中学生は、後年、チョーサーの『カンタベリー物語』1483年の絵入り初版本に退職金をつぎ込むことになる。
さらに座右の書の存在も重要だ。パスカルの『パンセ』、アレキシス・カレルの『人間―この未知なるもの』、そして幸田露伴『努力論』などが著者の精神的支柱である。「心は気を率ゐ、気は血を率ゐ、血は身を率ゐるものである」という露伴の言葉は、今も著者の胸の内にある。
本書は膨大な読書遍歴の回想であり、学びの自叙伝であり、我が国の英語教育史であり、書物愛に生きた碩学による極上の青春記である。
江上 剛
『鬼忘島(きぼうじま)~金融捜査官・伊地知耕介』
新潮社 1728円
ベンチャー企業や中小企業融資で業績を拡大した銀行。その隠された不正の証拠を握る男が、沖縄の離島へと飛んだ。追跡するのは銀行幹部と暴力団、そして捜査官の伊地知だ。男はなぜ組織を裏切ったのか。どんな決着が待つのか。金融界の闇を描く長編サスペンスだ。
角田光代
『世界は終わりそうにない』
中央公論新社 1512円
日常、食、恋愛、読書などがテーマの多彩なエッセイが並ぶ。さらに複数の対談も収録されており、今年4月に亡くなった作家・船戸与一も登場。10冊のハードボイルド小説を読んで書き方を学んだ話を披露した上で、「作家のインタビューの半分は嘘」と笑わせる。
都筑道夫
『都築道夫ドラマ・ランド 完全版』上・下
河出書房新社 各3132円
ベテラン推理作家の著者が書いてきた、映画やテレビ・ラジオドラマの脚本集だ。上巻の映画篇には、007シリーズを思わせるアクション物「パリから来た男」など。下巻のラジオ・TV篇には、特撮ドラマ「スパイキャッチャーJ3」など。物語の達人の技が冴える。
斎藤慶典
『死の話をしよう~とりわけ、ジュニアとシニアのための哲学入門』
PHP研究所 1296円
慶大哲学科教授の哲学エッセイである。死は、誰もがいつか必ず直面する理不尽な事態だ。しかし、だからこそ人間存在の核心を形づくるものだと著者は言う。他者の死、自分の死と考察を進め、やがて死という無に逆照射された、生の存在が浮かび上がってくる。
(週刊新潮 2015.07.23号)