「週刊新潮」の書評欄に書いたのは、以下の本です。
藤原美子 『藤原家のたからもの』
集英社 1512円
週刊誌の最新号を開く時、真っ先に贔屓のコラムを読むという人は多い。思えば自分も同様で、『週刊文春』では小林信彦「本音を申せば」だし、『週刊新潮』なら「藤原正彦の管見妄語」である。
藤原エッセイの特徴の一つが、文中にしばしば出現する「女房」、つまり本書の著者の存在だ。たいていは、正彦氏が「自分はエライ」とか、「とてつもなくモテた」などと主張する場面で登場し、夫の妄想を一刀両断の上、粉々に打ち砕いてしまう。
正彦氏は、まるで著者が “ソクラテスの妻”であるかのように書くが、実際には形を変えた“女房自慢”であることが多い。『国家の品格』の藤原正彦が公器を使って自慢する女房とは、いかなる人物なのか。本書を読むと、よくわかる。
「捨てられない男」だという夫のせいもあり、藤原家にはさまざまなモノが保存されているという。その中から著者にとっての大切な「たからもの」を選び、記憶を呼び覚ますことで、家族や自分自身の軌跡を綴ったのが本書だ。
たとえば、「新田次郎のリュックサック」。義父である新田が愛用した、キャンバス地で作られたシンプルなものだ。譲り受けた夫は、山を舞台にいくつもの名作を書いた父からの誘いを断り続けたが、著者は登山に夢中となる。
また「夏休みの日記帳」では、著者が小学校2、3年生の頃に書いた日記が紹介される。独特の漢字学習法。感動した石森延男『コタンの口笛』。そして、後に25歳で病没した妹にまつわる、忘れられないエピソードも語られる。
驚いたのは、最後に置かれた「ラブレター」の章だ。かつて住んでいたケンブリッジを訪れた際、旧友である男性と再会し、手紙を渡される。何とそれは熱烈なラブレターで、本書には翻訳された全文が掲載されている。「夫もかけてくれない愛の言葉、読み返すたびに心浮き立つ」と書く人妻。やはり只者ではない。
河出書房新社:編
『マンガがあるじゃないか~わたしをつくったこの一冊』
河出書房新社 1404円
他人はともかく、自分にとって運命的な一冊というものがある。29人が選んだマンガはまさにそれだ。手塚治虫『火の鳥』、赤塚不二夫『ギャグゲリラ』、山岸凉子『日出処の天子』などを、誰がどんな理由で挙げたのか。それぞれの個人史としても興味深く読める。
遠藤武文 『狙撃手のオリンピック』
光文社 1728円
モスクワ五輪を目指しながら挫折した、ライフル射撃の元選手。テルアビブ空港乱射事件への関与を疑われ、逮捕された元運動家。遭うはずのなかった2人が、98年2月の長野冬季オリンピックという場で交差した。戦後の混乱期に端を発する、緊迫の長編サスペンスだ。
草木光一 『岡村昭彦と死の思想』
岩波書店 2916円
報道写真家としての岡村は知られているが、ホスピス運動の先駆者だったことを知る人は少ない。バイオエシックス(生命倫理学)という視点。ケアを通した人間関係のあり方。ホスピスとコミュニティー。現在へとつながる、“生と死”をめぐる課題がここにある。
久住昌之 『東京都三多摩原人』
朝日新聞出版 1728円
『孤独のグルメ』の原作者による “知られざる東京”散歩だ。三多摩とは、23区と伊豆七島や小笠原諸島などを除いた東京都の市町村部分。地元民でもある著者にとっては、回想と再発見のぶらぶら歩きとなる。まさに「知らない角を曲がれば旅」の全24話だ。
(週刊新潮 2016.03.17号)