本のサイト「シミルボン」に、以下のコラムを寄稿しました。
https://shimirubon.jp/columns/1674924
だから、「古本」は、やめられない
なじみの古本屋さんで買った本が、宅配便で届いた。ほんと、便利だ。宅配便の開発者に感謝。
先日、いつも「私にとってのお宝」が見つかる店先の格安ワゴンで、大量の古いポケミス(ハヤカワ・ポケット・ミステリ・ブック)を発見した。その中からエド・マクベインの<87分署シリーズ>を選んで購入したのだ。数えてみると39冊あった。
嬉しかったのは、39冊の中に、ずっと欲しかったNO.575「キングの身代金」があったことだ。しかも昭和35年に出た初版(!)。中身も半世紀以上前の本とは思えない美しさだ。
よく知られているように、黒澤明監督の「天国と地獄」の原作である。原作とはいっても、丸ごとシナリオ化されたわけではなく、映画では様々な、しかも見事なアレンジが施されている。
とはいえ、「キングの身代金」を読み直してみると、三船敏郎が演じた製靴会社重役の状況、住み込み運転手の子どもが“人違い”で誘拐されるなど、骨格はそのまま映画に移植されていることが分かる。
しかし、まあ、そんなふうに映画との違いを探すのも面白いが、それよりエド・マクベインお得意の風景描写や、スティーヴ・キャレラやマイヤー・マイヤーなど刑事たちの取り組みと人間臭さを、素直に堪能したほうがいい。
それにしても、このポケミスたち、どんな人が集めていたんだろう。本の状態から見て、同じ人のコレクションだ。
大事に保存してきたコレクションを、今度はなぜ、手放したんだろう。引越し? いや、本好きは、ましてやポケミスファンは、どこまでも持っていくはずだ。
昭和30年代からポケミスを読んでいたとすれば、今はそれなりの年齢のはず。うーん、もしかしたら、持ち主が亡くなってしまい、遺族が処分したのかも・・・とかなんとか、妄想してしまうのも古本ならでは。
今回は、87分署だけではなく、昭和29年の清沢洌「暗黒日記」ダイジェスト版(東洋経済新報社)や、初版から4年後の昭和16年12月(パールハーバー!)に出た川端康成「雪国」(創元社)なども入手した。
こういう本たちを手に取ると、歴史というか、その時代に触れたような気がしてくる。これもまた古書の楽しみの一つだ。
●古沢和宏
『痕跡本の世界~古本に残された不思議な何か』(ちくま文庫)
「わが道はすべて古本屋に通ず」という名エッセイを遺したのは、“古本の巨匠”植草甚一さんだ。その中に、古本屋巡りの帰途、電車内で買った本を一冊ずつ撫でまわす光景が登場する。古本愛の為せる業だ。
ただし植草翁には、古本に記された書き込みや線引きや、挟まれたメモに反応する傾向はなかった。著者の古沢さんは、こうした前の持ち主の痕跡から、人と本の「物語」を想像して愉しむのだ。
たとえば戦前の詩集に残る2人分の記名で、女学校の学生による“青春の引き継ぎ”を妄想する。もちろんイラストや日記、注釈などの書き込みも著者を大いに刺激する。「痕跡本を読むとは、自分の嗜好を読むこと」である。
●とみさわ昭仁
『無限の本棚 手放す時代の蒐集論』(アスペクト)
著者のとみさわさんは、神保町のマニタ書房店主である。元々ライターだった男が、いかにして“古本屋のおやじ”になったのか。
少年時代に始まる蒐集遍歴が開陳され、過去への郷愁と未来への好奇心がコレクターの魂だと分かる。その上で、著者が見つけた本とのつき合い方とは?
●池谷伊佐夫
『古本蟲がゆく~神保町からチャリング・クロス街まで』
(文藝春秋)
普通の書店さんの棚は、当然ながら、そのときどきの新刊を中心に並べてあるので、どうしても似通ってしまう。
しかし、古本屋さんは違う。どんな本を、どう並べようと、店主の自由なのだ。おかげで個性的な棚になる。いや、店構えも、店内の風景にも個性が出る。
古本好きのイラストレーター、池谷伊佐夫さんの『古本蟲がゆく~神保町からチャリング・クロス街まで』(文藝春秋)の面白さ、楽しさは、写真ではなく手描きのイラストであることで、1軒1軒の店の「個性」が際立っている点だ。
九州屈指の古書店「葦書房」から、日本最北端・稚内の「はまなす書房」まで、国内はもちろんロンドンにも遠征している。そうやって描かれた店内の俯瞰の細密画には、古本そのものに通じる温もりがある。
池谷さんの「俯瞰細密画」は、全体を見て、部分を見て、また全体に戻るの繰り返しで、飽きることがない。店の中を浮遊している気分だ。
この、上から見る、俯瞰ってのがいいんだなあ。俯瞰とは「鳥の目線」であり、オーバーにいえば「神様の目線」だ。普通、人間が持ち得ない目線なのだ。
また、池谷さんが書く各店の魅力を伝える文章と、池谷さんが目にした古書・入手した古本を紹介する「今回の収穫」コーナーも熟読に値する。これまた、一冊ずつの表紙が写真で並んでいても、その本についてのコメントを、こんなに力を入れて読んだりしないだろう。
古本の総本山みたいな神保町についての文章の中で、こんな言葉を見つけた。
本の世界は海のように奥が深く、海の家より間口が広い
これまでに出版された池谷流イラストレポ『東京古書店グラフィティ』『神保町の蟲―新東京古書店グラフィティ』(いずれも東京書籍)も、古本&古本屋さん愛好者には堪らない。