「半沢直樹」視聴率急上昇
分かりやすいヒーローに共感
◇逆転で敵に「倍返し」痛快/演技派で固めテンポよく/人気を
支える中高年女性
大手銀行を舞台にしたドラマ「半沢直樹(はんざわなおき)」(TBS系、毎週日曜放送)の視聴率が急上昇している。7月の放送開始以来、俳優の堺雅人さん演じる主人公の決めぜりふ「倍返しだ!」がヒットし、2年前に視聴率40%を記録した「家政婦のミタ」(日本テレビ系)を超える勢いだ。「水戸黄門的な勧善懲悪」「任侠(にんきょう)ノリの武闘派エンターテインメント」−−識者は人気の理由をそう指摘する。【小松やしほ】
7月7日放送の第1話の視聴率は19・4%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)だったが、回を追うごとに数字はうなぎ登り。8月11日放送の第5話は29・0%、瞬間最高31・9%と、NHK連続テレビ小説「あまちゃん」の22・9%も抜き、今季の連続ドラマの最高を記録した。5話までで約10ポイントの上昇は「ミタ」を上回るハイペースだ。
元銀行員で直木賞作家の池井戸潤(いけいどじゅん)さんの原作本「オレたちバブル入行組」と「オレたち花のバブル組」の売れ行きも好調だ。文芸春秋によると、放送開始から1カ月で文庫140万部を増刷、累計で187万部を突破した(19日現在)。「倍返し」は、今年の流行語大賞との呼び声もある。
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上智大の碓井広義教授(メディア論)は「現代の時代劇だ」と解説する。窮地に陥る主人公と、損得抜きに彼の助太刀をする仲間、際立つ敵役。勧善懲悪がはっきりしていて分かりやすい。威勢のいいたんかは「水戸黄門の印籠(いんろう)」代わり。主人公は我慢を重ね、最後に勝負をひっくり返す。視聴者はそこを痛快に感じ留飲が下がるというわけだ。
半沢はコネも権力もない代わりに、知恵を駆使して内外の敵と戦う。その手法は正義一辺倒ではなく、政治的な動きもすれば、裏技も使う。5億円の債権を回収するためには手段を選ばないずるさがある。いわば「清濁併せのむヒーロー」像も、現実的で共感を呼んでいる。
通常なら一つの原作で10話前後のドラマに仕立てるところを二つの原作を投入して2部構成にし、テンポの良さと密度の濃さを生んだ。「あまちゃん」の北三陸、東京編と同じ効果と、碓井教授は指摘する。
「キャスティングのうまさ」を挙げるのはドラマ評論家のこうたきてつやさんだ。主役の堺さんは2012、13年と2年連続、日本アカデミー賞優秀主演男優賞など数々の賞に輝いた、どんな役柄でも幅広くこなす最も旬な俳優。「彼の切れ味のいいたんかや、目だけで表現する憤りの演技。それらをちゃちに見せないスケール感のある演出で、企業ドラマを任侠ノリの武闘派エンターテインメントにしている」と評価する。
半沢を追い込む支店長役の石丸幹二さんや、国税局統括官を演じる歌舞伎俳優の片岡愛之助さんら、敵役を演技派俳優で固めた。
演出を手がける福澤克雄監督は「原作の面白さと堺さんの演技」と言い切る。活劇好きという福澤監督が今回、手本にしたのが、黒澤明監督の映画「用心棒」。テンポ良く話を進めるため無駄な場面は作らない▽ヒーローはヒーローらしく悪役は徹底して悪役に描く−−の2点を意識した。
演出では、臨場感を出すため、半沢の正面からのズームアップを多用。映画用のレンズの大きなカメラを使い奥行き感を持たせた。冒頭や劇中、歌詞付きの曲を使わずに音だけにしているのも、ドラマに集中してもらうためという。
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福澤監督は「登場人物に女性が少ないし、恋愛もない。舞台も銀行という男の世界だから、女性には見てもらえないのではと心配していたが、蓋(ふた)を開けてみれば、女性の方が見ていた」と手応えを語る。
TBSによると、年代別では、中高年女性の視聴率が最も高いという。こうたきさんは「男性は現実には半沢のようにはできないと諦めている。今の時代、半沢に感情移入できるのは、組織に忠誠心をあまり感じない女性の方。女性はいつか『倍返し』してやると思いながら共感して見ているのでは」と分析している。
◇銀行マンも話題に「ところどころに真実が」
銀行業界で「半沢直樹」はどう語られているのか。「取引先と雑談で話題に出たが、見逃した。録画していないのか」。放送開始当初、複数の大手行の広報部門には支店長、部長クラスから問い合わせが相次いだ。ある大手行の首都圏の支店では月曜昼の社員食堂で、「半沢の話題で盛り上がる」(40代男性)といった現象も起きている。
どこにひかれるのか。「全体を通してみればデフォルメされたマンガのようだが、ところどころに真実があるから」(大手行中堅幹部)という。「支店長のイエスマンになっている副支店長とか、『部下の手柄は上司の手柄』のようなシーン」などが真実という。一方でドラマでは5億円の融資の回収責任が半沢融資課長に押しつけられる設定について「あくまでも責任は支店長」との声も。それでも「あり得ないからこそ、見ていて痛快」(本店勤務の大手行員)なことも銀行員の関心を呼んでいる。【工藤昭久、高橋慶浩】
(毎日新聞 2013.08.25)