「週刊新潮」に、以下の書評を寄稿しました。
汚職事件を追う刑事たち 真剣勝負の熱き魂
清武英利
『石つぶて 警視庁二課刑事の残したもの』
講談社 1,944円
警察に対するイメージは人それぞれだ。個人的には、あまり良いとは言えない。その遠因は2002年から6年間、北海道の大学に単身赴任していたことにある。当時、北海道警察で拳銃の「やらせ摘発」や覚せい剤取締法違反が発覚したのだ。しかも組織としての罪も重かったことは、当事者である稲葉圭昭元警部が上梓した『恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白』(講談社文庫)を読むとよくわかる。
また原田宏二『警察内部告発者』(講談社)も驚きだった。道警の裏金問題の実態を実名証言した、元釧路方面本部長が書いた本だ。その中で、警察庁から道警に出向してきたキャリアもまた裏金を熟知していたことが指摘されている。道警だけでなく、「警察はいずこも同じか」と思わざるを得なかった。
清武英利の新著『石つぶて 警視庁 二課刑事(にかでか)の残したもの』は、そんな私の印象を揺るがしてくれた。扱われているのは、01年に発覚した外務省機密費流用事件だ。「ノンキャリの星」といわれていた松尾克俊・外務省元要人外国訪問支援室長が約10億円もの官房機密費を受領し、うち約5億円を私的に流用していた。複数の愛人、高級マンション、ゴルフ会員権、さらに競走馬まで所有する豪遊ぶりが話題となった。
その行為を発見し、捜査を進めたのが中才(なかさい)宗義をはじめとする警視庁捜査二課の面々だ。汚職や詐欺、横領などを専門とする彼らがこつこつと証拠を集め、容疑を固めていく。しかし松尾が着服した「領収書のいらないカネ」は、「機密費」と呼ばれる極秘資金の一部だった。展開によっては官邸の足元を崩しかねない。中才たちは見えない壁に阻まれる。
圧巻は松尾と中才が取調室で向き合う場面だ。立場を超えた、人間と人間の真剣勝負。正義感という言葉だけでは収容しきれない熱い魂。かつて「石つぶて」の覚悟を持った、こんな男たちが警視庁にいたのだ。
北田暁大、栗原裕一郎、後藤和智
『現代ニッポン論壇事情 社会批評の30年史』
イースト・プレス 930円
いつの時代にも「若者論」があった。特にリベラルと呼ばれる左派の人たちは語りたがる。しかし、それは自身のための政治利用ではないのか。著者たちはそう主張し、柄谷行人から高橋源一郎までを俎上に載せる。
(週刊新潮 2017年9月7日号)