昨日、大学院の9月入試がありました。筆記試験と口述試験が終わり、研究室に戻った時、ふと「帰りに銀座の本屋さんに寄って行こう」と思ったんです。まだ明るい夕方。四谷から銀座まで、地下鉄でわずか8分。
ちょっとウキウキした数秒後、「そうか、あそこはもうないんだ」と気づきました。何十年も通っていた本屋さんは、もうずっと前になくなっていました。
忘れもしない、2008年5月のことです。当時、八王子にある大学にいたのですが、教授会が予定より早く終わり、久しぶりで銀座に出たのです。
びっくりしました。「旭屋書店」が消えていました。銀座数寄屋橋そばの、あの旭屋書店です。同じ場所が、まったく違う店になっていました。まるで浦島太郎の心境です。
その年の3月までの6年間、北海道の大学に単身赴任していました。とはいえ、帰京した際には、ちょくちょく顔を出していたのに、閉店をまったく知らなかった。不覚。残念。閉まる前に、店内をゆっくり見て回りたかった。
当時、銀座では、しばらく前に「近藤書店」&「イエナ」が消えています。学生時代から、銀座に行ったときは、ほぼ100%入っていた本屋さんでした。洋書をちゃんと読める語学力がなくっても、イエナの店内を歩き回り、洋書を手に取り、洋雑誌の表紙を眺めるだけで十分満足でした。
梶井基次郎『檸檬』の主人公と丸善の関係じゃないけれど、イエナには、自分を刺激するまぎれもない「文化(の香り)」があったのです。
近藤書店も、2階の品揃えが好きでした。美術、映画、写真などのジャンルも充実。必ず収穫があったものです。それなのに、1,2階の近藤、3階のイエナが一緒に消滅してしまった。以来、私にとっての銀座は、随分寂しくなりました。「でも、まだ旭屋がある、教文館がある、文具の伊東屋もある」などと自分を慰めたりして。まったく効き目はなかったですが(笑)。
庄司薫さんの『赤頭巾ちゃん気をつけて』を読んだのは1969年、中学3年生のときです。この芥川賞受賞作の終盤、大事な場面で登場するのが銀座旭屋でした。地方の中学生にとって、「東京・銀座・旭屋書店」は想像するしかなく、いつかは行ってみたい憧れの場所となりました。
18歳で上京して以降、銀座まで行って、旭屋書店に立ち寄らないことは、ほとんどありません。その銀座旭屋が無くなってしまった。
当時の銀座には、すでにヴィトンだろうがブルガリだろうが、思いつく限りの有名ブランド店がありました。それなのに、イエナも近藤書店も旭屋もない。路上で、「いいのか、それで!」と声に出すわけにもいかず、しばらく舗道に立っていました。雨が降りはじめて、仕方がないので、伊東屋と教文館を目指して4丁目交差点方向へ歩き出しました。
伊東屋で、ファーバーカステルのシャープペンシルとマルマンのスケッチブック50周年記念グッズなどを買いました。教文館では、開高健さんの『一言半句の戦場』を手に入れ、それで少し元気が出ました。家まで帰るエネルギーを2つの店でもらい、地下鉄の駅へと向かったのです。
もう10年近くも前、2008年5月のささやかな記憶です。