「週刊新潮」に、以下の書評を寄稿しました。
二人の天才が交差 もう一つの現代史
中川 右介『阿久悠と松本隆』
朝日新聞出版 972円
中川右介『阿久悠と松本隆』は不世出の作詞家2人の軌跡を描いている。1971年、『スター誕生!』(日本テレビ系)が始まった。
企画から関わる阿久悠だが、山口百恵とは距離を置いた。彼女にはレコード会社の敏腕プロデューサーがいたためだ。やがて百恵は沢田研二、ピンク・レディーなど、阿久が手がける歌手たちにとって最大のライバルとなっていく。
一方の松本隆は、60年代末に細野晴臣たちと後の「はっぴいえんど」を結成。初めて日本語でロックを歌った伝説のバンドだ。
74年にアグネス・チャン「ポケットいっぱいの秘密」の作詞で周囲を驚かせたが、注目を集めたのは太田裕美の「木綿のハンカチーフ」だ。
阿久が書いた、都はるみ「北の宿から」と同じ75年の発売。4番まである長さ、しかも男女の視点が頻繁に入れ替わるという革新的な曲だった。
阿久悠と松本隆、それぞれの取り組みをカットバックさせながら、著者はアイドル全盛時代へと向かう音楽界と時代状況を活写していく。
両者が一瞬交差するのが81年だ。3月にピンク・レディーが解散。阿久は大人の歌の作り手へと変化する。松本は松田聖子に「白いパラソル」を提供し、寺尾聰「ルビーの指環」でレコード大賞を獲得した。
歌謡曲という枠組みの中で改革を進めた阿久悠。異端者であるがゆえに枠組みからも自由だった松本隆。音楽と社会意識がリンクしていく本書は、いわば“もう一つの現代史”である。
実相寺昭雄
『実相寺昭雄叢書I 闇への憧れ〔新編〕』
復刊ドットコム 3996円
生誕80周年を迎えた実相寺昭雄監督。その処女出版にして最も重要な著作『闇への憧れ』が40年を経て復活した。映画や音楽への敬意を踏まえて展開される、テレビジョンに関する論考は先鋭的かつ過激だ。また庵野秀明監督が新たに語った実相寺像も示唆に富む。
宇野常寛 『母性のディストピア』
集英社 2999円
気鋭評論家による最新サブカルチャー論だ。対象となるのは『風立ちぬ』の宮崎駿、『機動戦士ガンダム』の富野由悠季、そして『攻殻機動隊』の押井守。彼らを通じて「戦後」を検証していく。また『シン・ゴジラ』、『君の名は。』なども独自の視座で読み解く。
相場英雄 『トップリーグ』
角川春樹事務所 1728円
大和新聞の松岡は、官房長官番として権力の中枢に食い込んでいる。同期入社で、現在は出版社系週刊誌記者の酒井は、埋立地で発見された1億5000万円の謎を追っている。浮かび上がってきたのは、かつ
て首相の首を飛ばした疑獄事件。2人の運命も急転していく。
堀井憲一郎 『愛と狂瀾のメリークリスマス』
講談社現代新書 907円
思えば不思議な現象だ。キリスト教徒でもない日本人が、毎年キリスト降誕祭に大騒ぎするのだから。コラムニストの著者は調査の結果、これぞ「日本人ならではの知恵」だという。戦国時代から現代まで、500年に及ぶ日本人とクリスマス祝祭の関係が明かされる。
(2017年12月14日号)
佐伯啓思 『「脱」戦後のすすめ』
中公新書ラクレ 842円
著者は今の日本を、「文明の衰退のプロセス」の実験場と見る。人と社会を疲弊させるばかりのグローバリズム。無限の経済成長を求めるほど深まるニヒリズム。憲法と防衛をめぐる不毛な議論。「独裁は民主主義から生み出される」という警告がリアルに響いてくる。
藤 真利子『ママを殺した』
幻冬舎 1404円
女優・藤真利子は作家・藤原審爾の娘だ。火宅の人でもあった父と結ばれ、自分を生み育ててくれた母。著者はそんな最愛の母を11年の介護の末、昨年秋に見送った。本書は両親のなれそめから家族3人の軌跡、さらに母と娘の切実な絆までを綴った凄絶な手記だ。
(2017年12月21日号)