週刊新潮に、以下の書評を寄稿しました。
松田行正 『デザインの作法~本は明るいおもちゃである~』
平凡社 2,484円
私の師匠である故・実相寺昭雄監督の遺品を整理していて、ある本を見つけた。サイズはほぼ新書と同じだ。真っ赤な背表紙の下の位置に四角い黒地が配され、そこに白文字で「チェーホフ全集」とある。
この赤い背表紙は樹脂っぽい手触りだが、表紙自体は真っ黒な布で覆われている。そして左下の隅に小さくチェーホフのサインがある。それは布に窪みを作って背表紙と同じ赤い樹脂を押し込んだものだ。シンプルだが凝っている。本全体に独自の佇まいというか、一種の美学が感じられた。版元は中央公論社で、発行は58年前の昭和35年だった。
新刊が紙の本と電子書籍の両方で同時発売される時代だ。電子版の便利さを享受しながらも、圧倒的に紙の本を愛用している。ブックデザイナーである松田行正のこの新著を読むと、紙の本の魅力を再認識することができる。また本が単なる情報の入れ物ではないことも。
著者は本のデザインの流れを説明する中で、本の質感には4種類あるという。手触りなどの質感。配慮という質感。意外性など感情の落差を生み出す現象的質感。そして思い出の本にあるような「意味のオーラ」的質感だ。こうした質感が本というものの内容を深めていく。
いくつもの実例が登場する中で、池井戸潤の小説『陸王』の話が興味深い。この本では様々な「イメージの引用」がなされている。カバー・デザインは、靴箱に印刷された大正モダニズムのロゴ・マークという見立てだ。
表紙の大きな円の中に書名(作中で開発するランニングシューズの商品名でもある)と著者名。その上下の小さな円には、ランナーのシルエットと小説に出てくる足袋屋のトンボ・マーク。伝統の技を現代に活かそうとする主人公の心意気が伝わってくる。
本のデザインの作法を知ることは、本をより楽しむための作法を知ることでもあったのだ。
(週刊新潮 2018年4月5日号)