週刊新潮に、以下の書評を寄稿しました。
野田隆 『シニア鉄道旅のすすめ』
平凡社新書 907円
この夏、島へと渡るプロペラ機に乗った。時間がかかる分、雲の動きや眼下の景色をじっくりと堪能できる。乗り物が変わるだけで、移動が小さな旅になった。
野田 隆『シニア鉄道旅のすすめ』が教えてくれるのは、俗世を忘れそうなローカル線と観光列車の魅力だ。たとえばJR飯山線の「おいこっと」は、長野駅と新潟県の十日町駅の間を往復している。沿線には唱歌「故郷(ふるさと)」の作詞者・高野辰之の出身地があり、車窓に広がるのは「うさぎ追いしかの山」の風景だ。
また小田原と伊豆急下田を結ぶ「伊豆クレイル」は、海沿いの絶景ポイントで停車するサービスが秀逸。ラウンジでは、女性ミュージシャンによるボサノバの生演奏も披露されている。
九州の熊本駅と三角駅をつなぐのは、「A列車で行こう」という名の観光列車だ。車内にはジャズが流れ、バーカウンターも置かれている。通勤電車では無理だった、「立ち飲みでほろ酔い」の快楽がそこにある。
さらに個性派の観光列車としては、車内に「足湯」の設備を持つ山形新幹線の「とれいゆつばさ」。上越新幹線には、写真や絵画をパネル展示した「現美新幹線」が走っている。
いずれもすぐ乗ってみたくなるが、シニアの誰もがふらっと旅に出られるわけではない。そんな時は日本地図帳を開いてみよう。この本を読みながら、列車の経路を地図で追うのだ。安楽椅子探偵ならぬ、安楽椅子トラベラー。これもまた旅の本の醍醐味である。
(週刊新潮 2018.10.04号)