週刊新潮に、以下の書評を寄稿しました。
漫画版ではわからない
原作者が仕掛けた“爆弾”
浅羽 通明
「『君たちはどう生きるか』集中講義
~こう読めば100倍おもしろい」
幻冬舎新書 907円
昨年の夏、吉野源三郎著『君たちはどう生きるか』の漫画版が書店に並んだので驚いた。すぐ読んでみたが、苦手な絵柄だけでなく、中身にもどこか違和感があった。しかし、深く考えることもせずに本を閉じた。
間もなく、この漫画がベストセラーになって、二度びっくりする。さらに原作に関する論評や解説も目につくようになった。それぞれの解釈や評価には感心したが、抱えたもやもやは解消されないままだった。
浅羽通明「『君たちはどう生きるか』集中講義」を読んで、ようやく違和感の正体に納得できた。同時に、吉野が書いた本そのものを、自分がいかに理解していなかったかも分かった。
まず『君たちはどう生きるか』は、友だちを裏切ってしまった少年を改心させる道徳の教科書ではない。また書かれた時期から、密かな反戦本と見るのも一面的だ。主人公・コペル君のおじさんが語るノートは、マルクス主義や唯物史観を背景としているが、単純な「資本論入門」ではない。
著者が特に重視するのが、コペル君の親友である水谷君の姉、「かつ子さん」の存在だ。ところが、原作でナポレオンのエピソードを熱弁していた聡明な美少女を、あの漫画版は丸ごと削除していたのだ。
そして、ここから著者による怒涛の“深読み”が展開されていく。かの丸山眞男も池上彰も、いかなる誤読に陥っていたのか。80年前、吉野源三郎が仕掛けた紙の爆弾は、今もカウントダウンを続けている。
(週刊新潮 2018年12月27日号)