週刊新潮に、以下の書評を寄稿しました。
大宅賞受賞の著者が暴く
「地面師」の巧妙な手口
森 功 『地面師
~他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』
講談社 1728円
江戸川乱歩の「少年探偵団」シリーズに、『超人ニコラ』という作品がある。この物語では、銀座にある大きな宝石店の店主一家が、次々と本人そっくりの別人にすりかわっていく。まさに「なりすまし」であり、誰にも知られず高価な宝石類を奪おうとするニコラの仕業だった。
自分の土地ではないにもかかわらず所有者になりすまし、転売して稼ぐ。それが「地面師」だ。彼らはニコラのように本人と同じ顔を作り出すわけではない。ところが相手はまんまと引っかかり大金を支払ってしまう。
近年、戦後の混乱期やバブル期に劣らず、地面師詐欺が多発していると著者は言う。たとえば台湾華僑が所有する渋谷区富ヶ谷の土地が、本人の意思とは無関係に6億5000万円で転売された。また赤坂・溜池の駐車場用地をめぐって12億円を超える被害が出ている。だが、本書に収められた事案で最も興味深いのは、やはり「積水ハウス」事件だろう。
五反田駅にほど近い、「海喜館」という旅館が舞台だ。約600坪の土地の所有者になりすました地面師が、積水から何と55億円を騙し取ったのだ。著者の綿密な取材で浮かび上がってくるのは、役割分担によって相手を取り込むプロ集団の姿だ。
その中心には、「地面師の頂点に立つ男」と呼ばれる人物がいる。物件を探し、計画を練り、成否の鍵を握る「なりすまし役」の人選を行う。集団の中には「なりすまし役」を用意する女性手配師もいて、彼女は複数の事件に関与しているそうだ。
地面師たちは、逮捕されても起訴されることが少ない。弁護士や司法書士が加担し、法の網をくぐり抜ける方法を徹底的に研究しているからだ。しかし、この本が上梓されたことで彼らの手口の詳細が明らかになった。
著者は昨年、『悪だくみ 「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』で、大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞を受けた。本書は受賞第1作である。
(週刊新潮 2019年1月31日号)
地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団森 功講談社