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2013年 こんな本を読んできた (1月編)

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ハワイ島 2013

この1年、「週刊新潮」に寄稿した書評で、読んできた本を振り返ってみます。

(文末の日付は本の発行日)


2013年 こんな本を読んできた (1月編)
高村 薫 『冷血』上・下 
毎日新聞社 各1680円

合田雄一郎が帰ってきた。『レディ・ジョーカー』や『太陽を曳く馬』で知られる異色の刑事が、現実の「世田谷一家殺害」を思わせる、「歯科医師一家殺害事件」と向い合っていく。

2002年のクリスマス前夜だ。2人の若者がATMを破壊しながら金を奪いそこなう。次にコンビニを襲撃。さらに留守だと思って侵入した家で、家族4人全員を惨殺する。

物語は犯人側と警察側、双方の視点と動きを交錯させながら進んでいく。特に分刻みで描く捜査の臨場感がすさまじい。しかし、読者が犯人か警察のどちらかに感情移入することは容易ではない。そこに「現在(いま)という時代」を映した、とらえどころのない犯罪の闇がある。

トルーマン・カポーティの傑作ノンフィクション・ノベルと同じタイトルを付した点に作者の自信を見る。
(2012.11.30発行)


佐々涼子 『エンジェルフライト〜国際霊柩送還士』
集英社 1575円

日本で亡くなった外国人の遺体はどうなるのか。逆に海外で死亡した日本人はどう扱われるのか。「遺体搬送」という知られざる世界を追った本書は、第10回開高健ノンフィクション賞の受賞作である。

エアハースは日本でただ一社、遺体の出入国搬送を専門的に扱う会社だ。海外で不慮の事故や災害に巻き込まれた遺体はひどい損傷を負った場合が多い。そうでなくても、現地での不適切な処置によってダメージを受けていたりする。

エアハースの木村利惠たちは遺体に丁寧なエンバーミング(遺体衛生保全)を施し、生前の姿に近づける。そこには亡き人の尊厳を守り、家族を失った人たちの悲しみに寄り添っていこうとする覚悟がある。

著者の真摯な密着取材で浮かび上がるのは、日本人にとっての「死」と「弔うこと」の意味だ。
(2012.11.30発行)


宍戸 錠 『シシド完結編〜小説・日活撮影所』
角川書店 1680円

日活全盛期を知る著者が書き下ろした自伝的青春小説。石原裕次郎を軸としたスター映画の量産現場が甦る。そして凋落の軌跡も。本書の面白さは有名俳優、監督、スタッフが実名で登場することだ。今だから書けるエピソードも多いが、エースのジョーに敵はいない。
(2012.11.30発行)


佐野 洋 『推理日記FINAL』
講談社 2100円

70年代初期から約40年間、休まず書き続けられたミステリー評論の最終巻だ。中でもW・アイリッシュ「幻の女」をめぐる視点の検証は秀逸。その他、小説の約束事や技術に関する考察も、自身が推理作家だからこそ鋭くて厳しく、そして愛情に満ちている。
(2012.12.18発行)


相倉久人 『至高の日本ジャズ全史』
集英社新書 1680円

著者は現在81歳。60年代からジャズ評論を書き続けてきた第一人者だ。1950年代に学生だった著者が通ったのはジャズをレコードで聴かせる店「コンボ」。そこで原信夫、ジョージ川口からクレージー・キャッツの面々、後には渡辺貞夫などの若手とも出会う。

以来、ジャズと格闘する日本のミュージシャンたちと同時代を駆けていく。時には業界の権威や無定見な編集者を論破した経緯も明かしつつ、70年代までのジャズシーンが語られるのだ。巻末には昨年6月に行われた、ピアノの菊地雅章との対談も収められている。
(2012.12.19発行)


道尾秀介 『笑うハーレキン』 
中央公論社 1680円

一昨年『月と蟹』で直木賞を受けた著者の最新作は、心に傷を負った人たちの彷徨と再生の物語である。

東口は腕のいい家具職人だったが、経営していた会社は倒産し、妻とも離婚してしまった。今はホームレスたちと同じ場所で寝起きしながら、家具の修理を請け負う「流しの仕事」で食いつないでいる。しかも東口には彼だけに見え、その声が聞こえる“疫病神”が憑りついていた。

ある日、弟子入り志願の若い娘・奈々恵が舞い込んできたことから、東口の日常が少しずつ変化していく。別れた妻を偶然目撃。東口が自ら封印してきた過去も露出してくる。ホームレスの一人が死亡。そして謎の人物からの修理依頼が東口たちを危機に陥れる。

ハーレキンとは何か。倒れた人はどうしたら再び立ち上がれるのか。極上の長編エンターテインメントだ。
(2013.01.10発行)


曽野綾子 『曽野綾子自伝 この世に恋して』  
WAC 1470円

「病気も不幸も、人生で与えられたことにはすべて意味がありましたね。無駄なことは一つもなかった」と言う著者は81歳。昨年、作家としての経歴を綴った随筆集『堕落と文学』(小社刊)を上梓したが、本書は自らの人生の軌跡を辿る初の本格的自叙伝である。

『三田文学』に掲載された「遠来の客たち」で注目を集めたのは23歳の時だ。幼稚園からの“聖心育ち”ということもあり、「お嬢様作家」「苦労知らず」と言われたりした。しかし本書を読めば、両親の不和や戦争体験、不眠やうつとの戦い、さらに視力の悪化など多くの修羅場をくぐってきたことがわかる。

また、アフリカをはじめ途上国との深い関わりで、人間や社会の本質を見抜く目は鋭さを増していく。現在の日本人に欠けたものとして、勇気と信念を挙げる著者の思いを受けとめたい。
(2012.12.27発行)


江 弘毅 『飲み食い世界一の大阪〜そして神戸。なのにあなたは京都へゆくの』  
ミシマ社 1680円  

著者は関西の人気タウン誌『ミーツ・リージョナル』元編集長。「盛り場オーライ!!」など異色の特集は今も語り草だ。本書では「街の人にコミットして一緒に楽しむ」ことを徹底追及している。開陳される関西の味の数々は関東風のグルメ消費アイテムとは無縁だ。
(2013.01.06発行)


森 昭雄 『ネトゲ脳、緊急事態』  
主婦と生活社 945円  

前著『ゲーム脳の恐怖』で子供たちのゲーム漬けに警鐘を鳴らした著者が、急増している「ネット&ゲーム依存」の実態を明かす。欧米での最新研究。ネット先進国・韓国の国家的な取り組み。翻って日本の無為無策ぶりには戦慄を覚える。鍵を握るのは家庭教育だ。
(2012.12.25発行)


リリー・フランキー、みうらじゅん『女体の森』 
扶桑社 1260円

『週刊SPA!』の人気連載「グラビアン魂」。グラビアアイドルを語り合った7年半が1冊になった。熊田曜子から壇蜜までが登場する傑作選だ。顔とボディ造形はもちろん、設定やポーズもエロのツボだが、彼女たちへの愛と妄想こそがグラビアンの真骨頂である。
(2012.12.20発行)


島田雅彦 『傾国子女』 
文藝春秋 1680円

女性にとって美しさは武器だ。性格や知性など内面の欠点を補うキラーカードでもある。しかし「奇跡的美貌」となるとどうだろう。それが彼女の人生を吉とするのか、凶へと導くのか。

多額の借金を残したまま父親が失踪したのは千春が13歳の時。母娘を迎え入れてくれた病院長は少女偏愛者で、好きになった男はヤクザだった。やがて京都に住む政財界のフィクサーである老人のもとに、「跡継ぎを生むための女」として赴くことになる。

一見運命に翻弄される女のようでいて、千春は自らの選択に賭け続ける。また男たちの言いなりになっても所有物にはならない。その転落は加速していくが、彼女に触れた男たちが味わう地獄も読みどころだ。

本書は島田版「好色一代女」であると同時に、著者が“平成の谷崎潤一郎”を宣言した問題作である。
(2013.01.15発行)


窪島誠一郎 『父 水上勉』 
白水社 2940円

著者は若くして戦没した画家たちの作品を集めた美術館「無言館」の館主だ。また作家・水上勉の息子でもある。幼少の頃に他家に預けられ、自身の生い立ちを知らないまま育ち、戦後30数年を経て実父との再会を果たした経緯は、著書『父への手紙』などに詳しい。

本書では、今年72歳になる著者の体験と記憶に加え、水上作品を読み解くことで、父であり作家である水上勉の実相に迫っている。基本的には時系列で人生の軌跡が語られるが、随所に挟まれる回想部分の迫真性に驚かされる。家族との距離感、多くの女性たちとの関係、名声とカネなど、そこに水上の“清らかな俗”とも言うべき魂を垣間見るからだ。

さらに衝撃的なのは、著者が実母の自死までを明かしていることだ。稀代の私小説家の生涯を、その息子が私小説風に描ききった異色の評伝である。
(2013.01.10発行)


和田静香 『評伝★湯川れい子 音楽に恋をして♪』 
朝日新聞出版 1680円

音楽評論家、作詞家と知られる湯川れい子。初の本格評伝である本書には、多感な少女時代から戦後のジャズとの出会い、伝説となったビートルズへの突撃取材、そしてプレスリーとの交流まで興味深いエピソードが満載だ。行間から各時代のナンバーが聴こえてくる。
(2012.12.30発行)


川本三郎 『そして、人生はつづく』 
平凡社 1680円

著者が愛妻を亡くして2年が過ぎた頃から、震災を挟んで昨年まで。独りで映画を見て、本を読んで、街を歩き、列車の旅に出る日々の記録である。自由業の良さは「嫌いな人と酒を飲む必要がないこと」だという著者。優れた“無所属”の先達から学ぶことは多い。
(2013.01.09発行)


金平茂紀・永田浩三・水島宏明・五十嵐仁
『テレビはなぜおかしくなったのか』 
高文研 1680円

テレビへの風当たりが強い。ドラマがつまらない。バラエティーが似たものばかり。だが、それ以上に問題なのはテレビ報道への信頼が崩れてきたことだ。テレビの現場を体験してきたジャーナリスト3人と政治学者が、従軍慰安婦問題から原発報道までを鋭く分析する。
(2013.01.25発行)


福岡伸一 『福岡ハカセの本棚』 
メディアファクトリー新書 777円

ベストセラー『生物と無生物のあいだ』、そしてフェルメール研究でも知られる著者が選ぶ100冊の本。本書が単なるブックガイドと異なるのは、本を媒介に自らの「知の探検旅行」を振り返っていることだ。図鑑少年は成長して生命の神秘に打たれ、進化や遺伝子への興味を募らせていく。

また理系以外の本もたくさん登場するが、中でも須賀敦子の「幾何学の美をもつ文体」を熱愛する著者。情景、情念、論理の絶妙な配置を“建築的”とするのも卓見だ。「知の世界地図」に収まりきらないものを探すハカセの旅はなおも続く。
(2012.12.31発行)





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