週刊テレビ評
「テセウスの船」
脚本の妙と好演、名ミステリー
ミステリードラマにはさまざまなタイプがある。例えば「刑事コロンボ」のように、初めから犯人を明かしていく倒叙(とうじょ)ミステリーも面白い。しかし、一般的には犯人という「謎」を最後まで引っ張ろうとするものが多く、そこが作り手の腕の見せどころだったりする。
一方、ミステリードラマは見る側に対してフェアであることも求められる。ストーリーの中に手掛かりを潜ませる「伏線」を張っていくのはそのためだ。
とはいえ、簡単に犯人を教えたりはしない。時には無実の人を「怪しい」と思わせる、いわゆる「ミスリード」の仕掛けも用意する。優れたミステリードラマはフェアでありながら、見る側に推理と混乱の楽しみを与えてくれるのだ。
TBS系の日曜劇場「テセウスの船」(日曜午後9時)には、名探偵も敏腕刑事も登場しない。主人公は「殺人犯の息子」として生きてきた田村心(竹内涼真)だ。警察官だった父親、佐野文吾(鈴木亮平)が毒物による無差別大量殺人を行ったという31年前にタイムスリップしてしまう。場所は事件が起きた北海道の寒村である。
心にとって最大の関心事は「文吾は本当に殺人犯なのか」だったが、どうやら別に真犯人がいるようだ。しかし、それが誰なのかはつかめていない。怪しい人物が出てきては消えてしまい、心も見る側も暗中模索の状態だ。しかも心が突然現代に戻ったことで、ますます分からなくなってきた。
このあたり、演出はもちろんだが、脚本の高橋麻紀が大健闘だ。原作の漫画を前提としながら、新たな材料を付け加えて増加・拡大させ、さらに物語を加工して改造を試みている。原作通りの結末かどうかも不明だ。
俳優陣の好演も目を引く。特に竹内は「下町ロケット」シリーズ、「陸王」、そして「ブラックペアン」と日曜劇場で存在感を高めてきた。今回、理不尽な「運命」に押しつぶされそうになりながらも、自分と家族の人生を必死に取り戻そうとする姿が共感を呼ぶ。
また父親役の鈴木の迫力が凄(すさ)まじい。子煩悩で職務熱心な善人なのか、それとも狂気を秘めた悪人なのか。前半では、瞬時に変わる鈴木の表情から目が離せなかった。
そして、改めてその演技力に感心するのが上野樹里だ。タイムスリップ前は心の妻だったが、彼が過去から現在に戻ってみると全くの他人になっていた。それでいて心に親しみを感じる難しい役柄だ。上野は繊細な目の動きやセリフの間の取り方で巧みに表現している。脚本、演出、俳優の総合力で、後半の謎解きと真相にも期待が高まってきた。
(毎日新聞「週刊テレビ評」2020.02.22)