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Channel: 碓井広義ブログ
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【書評した本】  『宿無し弘文 スティーブ・ジョブズの禅僧』

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激賞と酷評が併存する”ジョブズの師”の実像

柳田由紀子

『宿無し弘文 スティーブ・ジョブズの禅僧』

集英社インターナショナル 2090円

 

初めて入手したパソコンは、アップル「マッキントッシュ・プラス」だった。まだ個人用のコンピュータ自体が珍しかった80年代後半のことだ。

ある時からウィンドウズマシンへと移ったが、健気に動いていた四角い箱のようなプラスには愛着があり、今も部屋の片隅に残してある。

アップル社の共同創立者の一人であるスティーブ・ジョブズ。スタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチが話題となったのは、癌との戦いを続けていた2005年だ。

「ハングリーであれ、愚直であれ」という彼の言葉には、意外性と同時にどこか納得するものがあった。「禅」との関係も、その時に知った。

ジョブズが亡くなったのは11年の秋。56歳だった。翌年、著者が翻訳した『ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ』が出版される。ジョブズが師と仰いだ日本の禅僧、乙川弘文との交流を描いたイラストブックだ。

ジョブズの深部に影響を与えたといわれる弘文の実像を求め、著者の長い旅が始まった。

本書には弘文を知る約30人が登場する。京大大学院時代の仲間、永平寺雲水時代の同期、渡米後に出会った何人もの弟子たち。そして元妻や娘もいる。

しかも彼らが語る”それぞれの弘文”には、「賢者」「超人」「天才」「卓越した洞察力」「純粋な人柄」といった激賞と、「未熟な少年」「非常識」「風来坊で自由気まま」「当てにならない人」などの酷評が併存しているのだ。

矛盾するようだが、どちらも弘文であることが分かってくる。「聡明なのに赤ん坊のように無垢」で、「善人も悪人も共に生かしころすことの出来る人間」。

その複雑さこそが弘文なのかもしれず、著者はジョブズの軌跡もたどりながら、彼がなぜ弘文に魅かれたのかを探っていく。

読後、アップル製品の特長であるミニマルで美しいデザインに、禅を重ねたくなる。弘文が生きていたら、ただ微笑むだけかもしれないが。

(週刊新潮 2020.06.08号)

 


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