猪瀬直樹さんのノンフィクション最新刊を読みました。
2011年3月11日から翌日にかけて、気仙沼市での出来事が書かれています。
文章だからこその臨場感というものがあり、読む側の“想像力”との合わせ技で倍化されます。
この本も、そんな一冊でした。
以下、週刊新潮に書いた書評です。
猪瀬直樹
『救出~3.11気仙沼 公民館に取り残された446人』
河出書房新社 1728円
東日本大震災から4年。決して短い年月ではないが、被災した方々の物心両面の痛手は癒えないまま、被災地以外での記憶の風化が夥しい。
本書の舞台は、地震と津波に襲われた当時の宮城県気仙沼市だ。浸水して孤立した上、火の手が迫った公民館に、446人の被災者が取り残された。そこには大人だけでなく、保育所の園児71人がいた。
震災の特徴の一つは、津波によって道路が寸断され、火のついたがれきが漂い、誰がどこへ逃げているか、連絡が取れないことだ。公民館に集まった人たちも同様だった。家族の安否どころか、自分たちの存在と状況を外部に伝えることも難しい。また伝わっても必ず救助されるとは限らない。それほどの大災害だった。
著者は当事者たちへの丹念な取材を行い、この日、誰がどこで、どのように震災と遭遇し、公民館で何があったのかを浮き彫りにしていく。緊急避難における行動は、いわば葛藤の連続だ。右か左か、どこへ逃げるのか、一瞬の判断が明暗を分けることもある。それは消防士も、町工場の社長も、幼い子供たちの命を預かる保育士たちも同様だ。
最終的に公民館の避難者たちは、翌日、東京消防庁のヘリによって救助される。それまでの一昼夜、彼らは自身の不安を抑え、互いに声を掛け合い、知恵を出し合って助けを待った。読後、「希望」という言葉が絵空事ではなく浮かんでくる。
しかし、なぜ東京消防庁のヘリだったのか。そこには奇跡的ともいえる情報のリレーと、想像力をフルに働かせた人たちの的確な判断、そして迅速な対応があった。当時、東京都の副知事だった著者もまた大きく関与している。
後に都知事を辞した際、著者は「政治家としてアマチュアだった」と述べた。本書は「ノンフィクション作家としてのプロ」が書いた、災害と生存をめぐる緊迫の記録であり、信じるべき個の力への讃歌である。
勝谷誠彦 『バカが隣に住んでいる』
扶桑社 1404円
「週刊SPA!」に連載中の時評コラム、2011年から昨年分までをまとめた最新刊。震災、政権交代、日中・日韓関係、集団的自衛権、特定秘密保護法などをめぐり、反論や異論覚悟の自己責任で論じまくる姿勢が痛快だ。バカを見分けるための参考書である。
森 達也 『すべての戦争は自衛意識から始まる』
ダイヤモンド社 1728円
著者が繰り返し警告するのは、自衛意識が戦争を引き起こすというメカニズム。その意識が高揚して大義となれば、戦争はもう目の前にあると。加速化する同調社会の中で、「僕は胸を張って自虐する。加害の記憶は大切だ」と言い切る著者の存在はますます貴重だ。
田中小実昌『くりかえすけど』
幻戯書房 3456円
直木賞作家だった著者が、74歳で亡くなってから15年が過ぎた。単行本未収録作品集である本書には、戦争そして戦後の体験をベースとした物語を中心に10編が並ぶ。その飄々とした語り口と味わいは、俳優・殿山泰司との交遊を描いた「トノさん」でも変わらない。
(週刊新潮 2015.03.19号)