宮崎アニメ最新作「風立ちぬ」。
興収予測は100億円超
本当に手放しの傑作か?
20日に公開された宮崎駿監督の最新作「風立ちぬ」が絶好調の滑り出しだ。20、21日の2日間で約75万人を動員し、興行収入は9億円超。夏休み中は親子連れや中高生の来場も期待できるため、「最終的には100億円突破は確実。前作『崖の上のポニョ』の155億円にどこまで迫れるかがポイントです」(配給関係者)というから鼻息が荒い。
零戦(ゼロ戦)を設計した堀越二郎の生涯に堀辰雄の小説「風立ちぬ」を重ね合わせたストーリーで、関東大震災や不況に見舞われ、やがて戦争へと突入していく1920年代が舞台。飛行機好きの二郎少年が、やがて戦闘機を設計することになる姿を描いている。御年72の巨匠、5年ぶりの長編作ということで、テレビや新聞は「感動した」「集大成だ」と絶賛の嵐である。
しかし――。
「なんだか中途半端で、割り切れない気持ちのまま映画館を出ました」と言うのは上智大の碓井広義教授(メディア論)だ。
「もちろん映像は素晴らしい。監督が主人公に仮託した“ひたすら美しいものをつくりたい”という気持ちで映画を製作したのはわかります。しかし、映画の中で二郎が“自分は美しい飛行機をつくっているんだ”と言っても、時代状況を考えれば、それだけでは割り切れないはず。その葛藤が伝わらなかった。薄幸の美少女との恋愛、二郎の仕事ぶり、その全てが美しいけれど、捉えどころがなく、感情移入ができませんでした」
今作はこれまでのようなファミリー向けの作品ではなく、「大人のジブリ作品」といわれている。しかし、人を殺すための兵器をつくっている主人公が、難病に苦しむヒロインを救いたいと願う気持ちとの間に、人間としての葛藤や矛盾がなければウソだろう。
映画評論家の前田有一氏もこう言う。
「宮崎監督は名うての反戦主義者で知られていますが、美しい飛行機は同時に人殺しの武器でもあるという矛盾を物語の中で超えることができなかったと思います。これまでのようなファンタジーではなく、実在の人物を描いている戦争映画だというのに生々しい描写はあえて避けた。監督ならゼロ戦は世界一優秀な飛行機だということを映像でいくらでも描けたはずなのに、そのためには敵機をバンバン撃墜するシーンが不可欠というジレンマ。監督自身の心の中では矛盾にケリをつけているのかもしれませんが、残念ながら映画からは伝わってきませんでした」
「巨匠」の前では批評の“風”も立たず・・・・
前出の碓井教授はこう続ける。
「僕は、軍部の要請でより高性能の飛行機をつくる主人公が、周囲の期待とさまざまな思惑の中で映画をつくり続ける宮崎監督と二重写しに見えました。主人公も監督も要求される水準以上のものを毎回つくるのですが、そのたびにハードルも上がる。それに応え続けるからこそ、“巨匠”とよばれるゆえんなのですが・・・・」
「巨匠」という言葉の前に思考が停止して、批評の“風”も立たないとすれば、それこそ戦前回帰だ。
(日刊ゲンダイ 2013.07.24)