作家の近藤富枝さんが亡くなったのは、ついひと月ほど前、7月24日のことだ。享年93。
お目にかかったのは80年代末で、当時、制作を進めていた番組のために、明治の鹿鳴館について教えていただいた。
お話がとても明快で、分かりやすかったことを覚えている。
『本郷菊富士ホテル』(中公文庫)、『田端文士村』(同)などで知られる近藤さんは、昭和19年にNHKのアナウンサーになった。
元放送人の、またこの時代を生き抜いた一人の女性の回想録『大本営発表のマイク~私の十五年戦争』(河出書房新社)が出版されたのは3年前だ。
この本の読みどころは、放送に関する話だけではない。第1章が「昭和ノスタルジー」と題されているように、前半部分には著者が少女から大人になる昭和初期の生活が活写されている。
足繁く通った歌舞伎座。女優修行。東京女子大で出会う親友、のちの瀬戸内晴美(寂聴)等々。若い女性である近藤さんにとって、昭和は決して暗いだけの日々ではなかったのだ。
しかし、NHK入局後は、あの大本営発表も読むことになる。その最初が神風特攻隊に関するものだった。
そして昭和20年8月15日、反乱部隊がNHKに押し寄せる。マイクを奪おうとした将校に、決然として抵抗したのは同僚の女子アナだった。これもまた、“当事者”ならではの貴重な証言だ。