【ZOOM】
BPOが問う報道姿勢…現場に広がる困惑
Nスペ「人権侵害」 選挙報道にも注文
放送倫理・番組向上機構(BPO)の動向に注目が集まっている。10日に理化学研究所の元研究員、小保方晴子氏らによるSTAP細胞の論文不正問題を特集したNHKの番組を「人権侵害」と断じ、7日には選挙報道のあり方にも注文を付けた。ともに報道の姿勢を問う踏み込んだ決定で、放送界に疑問を投げかけた。番組制作の現場には困惑も広がっている。(放送取材班)
制作への介入不安
BPO放送人権委員会は10日、NHKが平成26年7月に放送したドキュメンタリー番組「NHKスペシャル 調査報告 STAP細胞 不正の深層」に、小保方氏に対する「人権侵害」があったことを認め、同局に再発防止を求める勧告を行った。
NHKスペシャルは調査報道に定評があり、同局の看板番組の一つ。勧告は、取材結果をつなぎ合わせ、視聴者への“メッセージ”に仕上げる「編集」に落ち度があったと指摘、慎重な姿勢を求めた。
その背景には報道の過熱もある。勧告では「若き女性研究者として、不正疑惑の浮上後も世間の注目を集めていたという点に引きずられ、不正の犯人として追及するという姿勢があったのではないか」と指摘している。
立教大の服部孝章名誉教授(メディア法)は「(勧告は)妥当な判断。丁寧な編集が必要ということは、(放送界に)警告を発するものといえる」と話す。
一方、制作の現場に目を向けると、「人権侵害」の指摘は、筆先を鈍らせかねない重みを持つものである。上智大の碓井広義教授(メディア論)は「番組制作の現場の萎縮が危惧される」と懸念する。
実際、同局のある番組関係者は「編集内容に上層部からの介入が多くなりそう。番組制作に支障が出るのではないかと心配している」と不安を口にした。
見解に具体性なく
7日にBPO放送倫理検証委員会が公表した、昨夏の参院選と東京都知事選のテレビ報道をめぐる意見書も制作現場を戸惑わせている。
意見書は、「公平性を欠いている」という視聴者の意見を受け委員会で審議した上でまとめられたもの。BPOはここでもNHKと民放各社の番組制作の手法に反省を促した。選挙報道について、ストップウオッチなどを使い出演時間を管理したり、発言の回数を数えたりする現状の「量的公平性」を批判し、「質的公平性」への転換を求めたのだ。しかし、その「質」について意見書は、「取材した事実を偏りなく報道し、明確な論拠に基づく評論をする」と曖昧な表現にとどめている。
「『質』とはいったい何なのか。もう少し具体的に言及してほしかった」。民放の番組関係者はこう明かす。
求められる役割は
「放送界の自浄作用を促してきた」。BPOの放送倫理検証委の川端和治委員長は繰り返しこう強調してきた。BPOの役割は法律家など有識者らによる放送界の第三者機関として、番組による人権侵害などの被害救済が中心。近年、「やらせ」など過剰な演出に反感を持つ視聴者は多く、番組への厳しい姿勢は避けられない風潮がある。こうした中、「取材対象や出演者の権利」と「表現や報道の自由」をてんびんにかける「裁判所」のような役割がクローズアップされている。
10日には、沖縄の米軍基地反対運動を扱った放送に批判が出た東京MXテレビの「ニュース女子」の審議入りを発表するなど、さらに関心は高まりそうだ。
BPOが置かれた現状について、上智大の碓井教授は「メッセージが抽象的すぎると制作現場には伝わりにくく、具体的すぎると表現の幅を狭めてしまうため、より慎重なバランス感覚が求められる。委員が現場の放送関係者らと日常的に意見交換できる場を増やすなど工夫が必要だ」と指摘している。
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【用語解説】放送倫理・番組向上機構(BPO)
NHKと民放連が平成15年に設立した放送界の第三者機関。視聴者から苦情を受け、それぞれ7~9人の有識者で構成する3つの委員会で検証し、放送局に対して再発防止などを勧告する。放送倫理検証委で取材手法など、放送人権委で人権侵害の有無など、青少年委で未成年の出演者の扱いなどを検証する。
(産経新聞 2017年2月14日)