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毎日新聞で、BPOのNスペ「人権侵害」判断についてコメント

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毎日新聞の記事「記者の目」の中で、BPOのNスペ「人権侵害」判断についてコメントしました。


<記者の目>
BPO、Nスペに「人権侵害」
調査報道の萎縮、懸念
須藤唯哉(東京学芸部)
小保方晴子・元理化学研究所研究員らのSTAP細胞に関する論文を検証した番組「NHKスペシャル」について、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送人権委員会(委員長・坂井真弁護士)は、名誉毀損(きそん)の人権侵害を認める重い判断を下した。しかし、委員の中には「人権侵害があったとまでは言えない」との意見があり、NHKも直ちに反論した。この異例の事態に、私はBPOの今後の課題を垣間見たように感じた。

審理に約1年半、委員2人は異論

STAP細胞の存在は小保方氏らが2014年1月に発表し、新聞やテレビなどは「万能細胞」として大々的に報じた。しかし、間を置かず、英科学誌ネイチャーへの掲載論文に疑問が相次ぎ、理研は調査委員会を設置。同年7月に論文は撤回された。

当時、世間では「STAP細胞はあるのか」との疑問が宙に浮いたままだった。その疑問に応えるようにNHKは同月27日、今回のNスペを放送した。私も放送時に視聴した。NHKの綿密な取材に裏打ちされていると感じた。

しかし、放送から約1年後、小保方氏が番組を「ES細胞(胚性幹細胞)を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」と申し立てた。同委員会は15年8月に審理入りを決め、両者へのヒアリングや19回にも及ぶ審理など、約1年半もの時間を費やして意見書を作成。今年2月10日に公表し、小保方氏に対する名誉毀損の人権侵害があったと結論付けた。一方で意見書には、2人の委員による少数意見が付された。いずれも名誉毀損は認められないという、委員会とは異なる意見だった。

意見書では主に「配慮を欠いた編集上の問題」によって人権侵害を招いたと指摘された。そのため、2時間半近くにも及んだ意見書公表の記者会見では、記者から人権委員会が考える「正しい編集」とは何かを問う質問が相次いだ。坂井委員長は「番組の作り方をこうしろという立場にはない。作った結果について重大な問題があったと言える。作った番組に対して、(人権侵害に当たる表現を)回避できたのではないかと指摘している」などと説明した。

一方、NHKは即日、「番組の中の事実関係に誤りはない。客観的事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作した。人権を侵害したものではない」などと反論。長い時間を費やした審理、委員会判断とは異なる少数意見、約2時間半の記者会見、NHKからの反論など異例の対応が相次いだことは、今回の判断がいかに難しかったかを物語っている。

NHKの番組制作過程に行き過ぎた点があったのは事実だ。放送前に取材を試みようと、記者やカメラマンが神戸市内のホテルで小保方氏を執拗(しつよう)に追跡。その時に小保方氏は全治2週間のけがをした。NHKは謝罪しており、今回の意見書公表後も「再発防止を徹底する」としている。

NHKに反省すべき点はあるが、私は視聴者のニーズに応えようとする報道姿勢に大きな誤りはなかったと考えている。碓井広義・上智大教授(メディア論)は「NHKは取材を経た上で自分たちの見解を番組として提示した。これで人権侵害が成り立つとしたら、現場の制作者たちは難しいテーマを取り上げることをためらってしまう。その結果、視聴者にとって本来なら伝わるべきことが伝わってこなくなり、マイナスになるのではないか」との懸念を示した。同委員会の判断が、政治家ら大きな権力を持つ者や企業の不正疑惑などを報じる調査報道を萎縮させると危惧したもので、私も同意する。

番組の質向上へ放送局と議論を

NHKと日本民間放送連盟によって設置された第三者機関のBPOが問題に対応することで、放送界は自律を保とうとしている。BPOが下す判断を、放送各局は重く受け止めなければならない。一方で、その判断が必ずしも絶対ではないことが、今回の意見書で露呈したように感じる。砂川浩慶・立教大教授(メディア論)は「BPOは『向上』の部分についての取り組みが見えていない。起こった事象に対して意見を言うところばかりクローズアップされ、現場は怒られてばかりになる。具体的な向上策を例示の形ででも示していかないと、現場とのギャップが広がっていってしまう」と話す。

BPOが放送内容に重大な問題があると判断するならば、報道や番組制作の現場を納得させるだけの説明が求められる。難しい場合は、BPOと放送局の活発な議論によって埋めるしかない。それが、視聴者のニーズに応える質の高い番組作りにつながっていくことは間違いないだろう。

(毎日新聞 2017.03.16)

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