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Channel: 碓井広義ブログ
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書評した本:今野勉『宮沢賢治の真実~修羅を生きた詩人』他

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「週刊新潮」に、以下の書評を寄稿しました。

今野 勉 
『宮沢賢治の真実~修羅を生きた詩人』
新潮社 2160円

放送界における今野勉は巨匠と呼ばれる演出家の一人だ。1959年、TBSに入社。64年のドラマ「土曜と月曜の間」でイタリア賞大賞を受賞。70年、仲間と共に日本初の番組制作会社「テレビマンユニオン」を創立する。以後、“ドキュメンタリードラマ”という手法を駆使して実在の人物を描いてきた。

戦争中に和平工作を担った軍人、藤村義朗(「欧州から愛をこめて」)。二・二六事件で暗殺された大蔵大臣、高橋是清(「燃えよ!ダルマ大臣 高橋是清伝」)。日本海軍の父、山本権兵衛(日本の放送史上初の3時間ドラマ「海は甦える」)。さらに「こころの王国~童謡詩人・金子みすゞの世界」、「鴎外の恋人~百二十年後の真実」などもある。共通するのは、その人物に関する事実の発見と新たな解釈の提示だった。

新著『宮沢賢治の真実~修羅を生きた詩人』もまた驚きに満ちている。一編の文語詩に見つけた言葉への疑問をきっかけに始まる探査行だ。賢治がいつ、どこで、何をしていたのか。その時、何を思い、何を書いたのか。今野はドキュメンタリー制作の場合と同様、資料を読み込み、ひたすら考え、仮説を立て、その上で現地に足を運んで調査を行い、また資料に戻って考察を続ける。

浮かび上がってくるのは妹・とし子の恋であり、賢治自身の恋だ。しかも、それぞれの恋に隠された苦悩があった。今野が明らかにしていく“事実”によって、誰もが知る「春と修羅」や「永訣の朝」などの詩、また「銀河鉄道の夜」の解釈がまったく変わってくる。いや、作品だけではない。賢治像の定説をくつがえすだけのインパクトがあるのだ。

この取り組みを可能にしたのは、今野がもつドキュメンタリー的緻密さとドラマ的想像力であり、その幸運な融合である。いわゆる研究者とは異なるアプローチでもあり、今後同意であれ反論であれ、国文学界の反応が楽しみだ。


藤田直哉 『シン・ゴジラ論』
作品社 1944円

この国はなぜゴジラという名の神を必要とするのか。気鋭の批評家がタブーと化した東日本大震災の「スペクタクル」の快にも触れながら考察する虚構と現実。フィクションであるはずの映画の中から、3・11、天皇、科学、宗教などのリアルが浮彫りになってくる。


大崎梢ほか『アンソロジー 隠す』
文藝春秋 1728円

女性作家11人が同じテーマで書き下ろした競作集だ。女性被疑者が隠す刺傷事件の動機(柴田よしき「理由」)。亡き祖母が箸と櫛に込めた過去(新津きよみ「骨になるまで」)。他人の物を欲しがる性癖の結末(近藤史恵「甘い生活」)。女は皆、秘密を持っている。

(週刊新潮 2017.03.23号)

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