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Channel: 碓井広義ブログ
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書評した本: 川本三郎 『「男はつらいよ」を旅する』

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「週刊新潮」に、以下の書評を寄稿しました。

寅の軌跡をたどる
川本三郎 『「男はつらいよ」を旅する』
新潮選書 1512円

映画監督に関する書籍で点数の多いのは黒澤明やヒッチコックである。一方個別の作品では、「男はつらいよ」が圧倒的に多い。ガイドブック的なものから名言集、社会学的な研究書まで多彩だ。川本三郎『「男はつらいよ」を旅する』は過去に出版されたどの関連本とも似ていない。映画評論家の目と旅のエッセイストの感性が見事に融合しているからだ。読者は映画における寅の旅と、その軌跡をたどる著者の旅の両方を楽しむことができる。

山田洋次監督「男はつらいよ」第1作の公開は1969年8月。約半世紀前のことだ。“旅の映画”として確立されていくのは、寅が北海道の小樽とその周辺を歩いた第5作「望郷篇」(70年、ヒロインは長山藍子)あたりから。以降、「純情篇」(71年、若尾文子)で五島列島、「寅次郎恋歌」(71年、池内淳子)では岡山県備中高梁(びっちゅうたかはし)といった具合に全国各地が舞台となっていく。

中でも北海道は頻繁に登場する。たとえば、「寅次郎かもめ歌」(80年、伊藤蘭)のロケが行われた奥尻島。著者は映画の中で見たイカの加工場や事務棟が、大きな地震があったにもかかわらず健在であることに感動する。また「寅次郎相合い傘」(75年、浅丘ルリ子)で、寅とリリー(浅丘)と家出したサラリーマン(船越英二)がたどった、函館から小樽への鉄道旅を追体験するのだ。途中、3人が野宿した小さな駅舎(蘭島駅)に立ち寄ることも忘れない。

本書はもちろん旅行記だが、随所に挿入される作品分析も興味深い。寅のようなテキヤ、渡世人が、地方の人たちにとって福をもたらす「まれびと」でもあったこと。惚れやすい寅だが、女性に対して実にストイックであったこと。そして人物だけでなく、風景でもつながっているシリーズだったことなどがわかる。

この本をテキストにDVDなどで寅の旅を再見するもよし、鞄に入れて実際の旅に出るのも悪くない。

(週刊新潮 2017年6月29日号)

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