週刊新潮に、以下の書評を寄稿しました。
シニアならではのひとり旅の醍醐味 下川裕治 『シニアひとり旅~インド、ネパールからシルクロードへ』 平凡社新書 920円旅行作家の下川裕治が、『12万円で世界を歩く』でデビューしたのは1990年。この国がまだバブル景気に酔っていた時代だ。
当時、六本木のタクシーは明け方まで空車がなく、若い女性が高価なブランド品を持ち歩き、海外旅行者数は1000万人を突破した。そんな中、わずか12万円で海外の行けるところまで行ってみようという企画自体がユニークだった。
あれから約30年が過ぎ、下川も60代半ばに達した。しかし、「永遠のバックパッカー」であり、「貧乏旅行が当たり前」という旅の流儀は変わらない。それは新著『シニアひとり旅 インド、ネパールからシルクロードへ』でも同様だ。いや、だからこそ現地の人や社会の実相が見えてくる。
たとえば、インドの列車旅だ。指定席の切符を入手して乗り込むのだが、自分の席にはインド人が座っている。若い頃の下川は「そこは自分の席だ」と主張を続け、ようやくどいてもらった。役割を果たさない車掌にも腹が立った。
しかし、今はわかるのだ。多過ぎる人間を乗せ、混み合う列車を運行するには、「乗客同士でなんとかする」ほうがうまくいく。人を管理するのではなく、人に委ねてしまう。そのアバウトさはある種の優しさであり、インド式システムの極意なのだと。
本書を読みながら思う。アジアは広く、そして深い。ひとり旅だからこその体験、シニアならではの見聞がある。まずは納戸からリュックを取り出してみますか。
(週刊新潮 2019年8月8日号)