最後のマネージャーが明かす
「ちあきなおみ」の全て
古賀慎一郎『ちあきなおみ 沈黙の理由』
新潮社 1485円
歌手にはそれぞれ、代表作と呼ばれるものがある。ちあきなおみの場合、多くの人が挙げるのが『喝采』だろう。女性歌手が恋人の訃報に接しながらもステージに立つという内容の曲だ。しかも聴き手が勝手にちあきの「実人生」と重ねることで、一種特別な作品となっている。
ちあきが『雨に濡れた慕情』で歌手デビューしたのは1969年。21歳だった。独特のハスキーボイスと抜群の歌唱力で、その後も『四つのお願い』『夜間飛行』『黄昏のビギン』『星影の小径』などのヒット曲を送り出してゆく。
夫である俳優の郷鍈治が亡くなったのは92年秋のことだ。それをきっかけに、ちあきは芸能活動を休止してしまう。28年が過ぎた現在も、いわば「生ける伝説」のままだ。
著者は最後のマネージャーとして、ちあきと接してきた人物である。この本を手にする者が知りたいことは二つに集約されるはずだ。
まず「なぜ表舞台から消えたのか」であり、もう一つが「歌手としての復帰はあるのか」。その答えは確かに本書の中にある。いや、長年続く世間の問いや憶測に答えるために、著者が本人に代って書いたと言っていい。
最も印象に残るのは、ちあきにとって郷が自分の全てであり、ひたすら郷のために歌い続けていたという事実だ。郷もまた、ちあきが「心から歌いたい歌」を歌い続けられることに命を懸けていた。
郷が闘病生活に入ってからの、ちあきの献身的な看病は想像以上だ。さらに彼を失った悲しみの深さも伝わってくる。著者に語ったという「ちあきなおみは、もういないのよ」の言葉が重い。
読み進めるうち、どうしてもちあきの『冬隣』が聴きたくなった。
「地球の夜更けはせつないよ/そこからわたしが見えますか/見えたら今すぐ/すぐにでも/わたしを迎えにきてほしい」という歌詞が切ない。だが、ちあきの歌声はどこまでもやさしく、そして澄んでいる。
(週刊新潮 2020.10.15号)