「週刊新潮」の書評欄に書いたのは、以下の本です。
川村二郎 『孤高~ 国語学者大野晋の生涯』
集英社文庫 799円
評伝の面白さは、主人公の実人生と人物像だけではない。誰が書くかも重要だ。
国語学の巨人と呼ばれる大野だが、日本語のルーツをタミル語だとする新説に対して、当時の学会やマスコミから強い反発が起きた。同時に、敵をつくることも恨みを買うことも意に介さない大野に反感を覚える者も多かった。
元「週刊朝日」編集長の著者は、記者として“人間・大野晋”の造形に挑み、成功している。ここに描かれているのは、言動にはだれの目にも明らかな目的があるべきだと考え、思い立ったらただちに行動し、新しいことに挑戦し続けた一人の男の姿である。第一級の研究者として、また語り継がれるべき日本人として。
橋本 治 『義太夫を聴こう』
河出書房新社 1944円
気になってはいたが、まだ一度も義太夫を聴いたことのない人のための入門書だ。著者によれば義太夫は音楽である。三大道行と呼ばれる「旅路の嫁入」「初音旅」「恋苧環(こいのおだまき)」をテキストに独自解説。「女流義太夫はAKB劇場ですよ」も納得だ。
いしいしんじ 『且坐喫茶(しゃざきっさ)』
淡交社 1836円
書名は禅の言葉で「お座りになってお茶でも飲みなさいよ」といった意味。織田作之助賞作家である著者が、縁あって出向いた茶事を通して語る茶道エッセイだ。禅僧、牧師、陶芸家など、向き合った亭主たちも多彩。随所に登場する、亡き師の存在が強い印象を残す。
ステュアート・ガルブレイス4世:著、櫻井英里子:訳
『黒澤明と三船敏郎』
亜紀書房 6480円
著者はアメリカ人映画評論家。黒澤と三船の生涯を一冊の伝記とすることを目指し、厚さ5㌢の大部にまとめ上げた。特色は映画公開当時の欧米の評論が多数引用されていることだ。また関係者たちへのインタビュー取材も資料的価値が高い。DVDでの再見必至。
(週刊新潮 2015.11.19号)
大沢在昌 『鮫言(さめごと)』
集英社 1278円
週刊プレイボーイの連載エッセイ「陽のあたるオヤジ」、その20年分が一冊になった。若くして作家デビューしながら、11年間、28冊が初版止まり。『新宿鮫』は29冊目の大金星だった。小説、遊び、酒、女性などについて、飾らず、気取らず、率直に語っている。
エミリオ・ラーリ
『ビートルズ写真集~映画「HELP! 」の撮影現場から』
ヤマハミュージックメディア 3780円
映画『HELP!』の公開から40年。ビートルズの4人が共演した劇映画としては最後の作品だった。本書は撮影現場の未公開写真集だ。英国陸軍が戦車まで持ち出してエキストラ出演する一方、映画作りを楽しんでいるような、いないような表情の4人が可笑しい。
横尾忠則 『言葉を離れる』
青土社 2268円
高校時代に購入しながら、未だに読んでいない『サロメ』と『みづうみ』。人生のシナリオを書き変えてしまった『金閣寺』。読書エッセイのはずが、本そのものより人物や出来事が自在に回想されていく。「ぼくにとっての未来は過去に存在する」とは著者の言葉だ。
(週刊新潮 2015.11.12号)