日下部五朗[著]
『健さんと文太 映画プロデューサーの仕事論』
光文社新書
[レビュアー] 碓井広義(上智大学教授)
最も映画館に通ったのは70年代の学生時代だ。ただし封切りを観るのはバイト代を手にした直後のみ。普段は二番館や三番館、そして名画座が定番だった。
おかげで小中学生の頃に公開された高倉健の任侠映画も、オールナイトの特集で観ることができた。思えば60年代の後半は『日本侠客伝』、『昭和残侠伝』、『網走番外地』という3つのシリーズが同時進行で製作されていたのだから、健さんも東映も狂気の沙汰だ。
一方、73年に始まった『仁義なき戦い』シリーズはリアルタイムで観ている。映画館いっぱいに罵声と銃声が響き渡っていた。菅原文太は本物のやくざじゃないかと思ったものだ。
毎回スクリーンに映し出される筆文字で、日下部五朗という、どこか凄味のある名前を覚えてしまった。こんなトンデモナイ映画ばかり作るのはどんな人かと想像していたが、やはりトンデモナイ人だったことが本書でわかる。
「プロデューサーは自分のコントロールできない監督、俳優と組んではいけない」と言う。「自分の意志が通せるかどうか」が問題なのだと。そこにあるのは、映画はプロデューサーが作るという自負と自信だ。
こういう人物が語る高倉健や菅原文太が面白くないわけがない。「健さんが制服の男とすれば、さしずめ文太は普段着の男」などと、さらりと言ってのける。ここでは紹介できないようなエピソードが満載だ。
橘 玲 『「読まなくてもいい本」の読書案内』
筑摩書房 1512円
大胆な読書論だ。まず書物を「(知の)ビッグバン」以前と以後に分ける。そして以前の本を読書リストから除外せよと言うのだから。その上で複雑系、進化論、ゲーム理論、脳科学、功利主義の5項目を徹底解説。現代社会を生き抜くための新たな“教養”の書だ。
池辺晋一郎 『耳の渚』
中央公論新社 1944円
映画『影武者』の音楽などで知られる作曲家が、月に一度、新聞に連載してきたエッセイの15年分である。畏友・武満徹のジャズ性。朝比奈隆の指揮と楽譜の関係。そして音楽史を俯瞰し包含していたビートルズ。作曲家の視点が見せてくれる新鮮な音楽風景だ。
(週刊新潮 2016年1月28日号)