「週刊新潮」の書評欄に書いたのは、以下の本です。
山田清機 『東京湾岸畸人伝』
朝日新聞出版 1728円
2014年、著者の『東京タクシードライバー』が第13回新潮ドキュメント賞の候補作となった。不倫に走っていた女性を叱った上で、交際を申し込んだ運転手。会津磐梯山まで納骨に行くと言って骨壺と共に乗り込んできた客。13人が語る本当にあった話は、この本が出なければ個人の記憶として消えていたはずだ。
しかも、著者はそれらを無理に驚くべき話や感動する話に仕立ててはいない。また自分という書き手の存在を隠すことも目立たせることもしない。主役は、あくまでも無名の、そして市井の人びとだ。それでいて一話一話に「人間って面白いなあ」と思わせるドラマがあった。
本書でもそのスタンスは変わらないが、職業で括るのではなく、エリアを東京湾岸としたことで特色が生まれた。いわゆる住宅街やオフィス街では、決して遭遇できない人たちと向き合うことができたからだ。
築地市場に「ナカちゃん」と呼ばれるマグロの仲買人がいる。父親がマグロの仲卸だったことから、高卒でこの世界に入った。丁稚奉公に始まる修業の日々を経て、番頭として頭角を現していくが、自分の店を持とうとはしない。「セリで勝てばそれでいいんですよ」と言うのだ。そこには鮨屋など客の要望にとことん応えようとするプロ意識がある。
また馬堀海岸には、元教員という経歴の能面師がいる。一流の腕を持ち、人間国宝の能楽師や狂言師に面を提供しているが、その半生は紆余曲折としか言いようのないものだ。学生運動、教員生活、デモに行き逮捕、不倫問題、ギャンブル、そして離婚。偶然出会った能面が、この男の人生を変えていく。
他にも横浜にいる最後の沖仲仕、羽田の老漁師、木更津の前住職などが並ぶ。彼らと接しながら、著者がふと自身が抱えている不安や弱さを無防備にさらけ出す瞬間が面白い。著者もまた東京湾岸に生息する、愛すべき畸人の一人だったのだ。
橋本五郎:編 読売新聞取材班:著 『戦後70年にっぽんの記憶』
中央公論新社 1944円
約70人の証言で構成された戦争の記憶である。芸能人から日米の戦争体験者、戦犯たちの遺族まで多様な人びとの貴重な肉声だ。「戦前も戦争も一日にして成らず」と五木寛之。新聞は戦争をどう伝えたのかという自己検証も、現在を考える上で大いに参考になる。
三浦英之 『五色の虹~満州建国大学 卒業生たちの戦後』
集英社 1836円
日中戦争の時代、旧満州に存在したのが建国大学だ。そこでは日本、中国、朝鮮、モンゴル、ロシアの学生が共に学んでいた。「五族協和」の象徴たるエリートたちは、戦中・戦後をいかに生きたのか。著者は生存者を訪ね歩き、証言を集めた。壮絶な人生が見えてくる。
松本品子:編 『上村一夫 美女解体新書』
国書刊行会 3456円
『同棲時代』の飛鳥今日子が泣いている。『離婚倶楽部』の桜井夕子が煙草をくゆらす。『修羅雪姫』の鹿島雪が血に染まる。昏い情念と狂気を秘めたヒロイン50人が並ぶ、70年代が甦る画集だ。稀代の絵師、上村一夫が没して30年。遥かなる青春と今、向き合う。
川本三郎 『ひとり居の記』
平凡社 1728円
雑誌『東京人』の連載「東京つれづれ日誌」、その3年分。『そして、人生はつづく』の続篇にあたる。相変わらず列車の旅が多い。旅先ではいつもビジネスホテル。名所旧跡には見向きもせず町をぶらつく。挿入される小説や映画の話も、一緒に歩きながら聞くようだ。
森山あみ 『みつばち高校生~富士見高校養蜂部物語』
リンデン舎 1620円
部活としてミツバチを飼育しながら多くを学び、広報活動や地域交流にまで広げていった高校生たちがいる。本書は、創部から3年の彼らが「農業高校の甲子園」と呼ばれる全国大会で優勝を飾るまでを描いた、熱いノンフィクションだ。成長するのは蜂だけではない。
(週刊新潮 2016年2月18日号)