テレビ界に一石も二石も投じた
佐藤浩市の“反骨直言”
いまのテレビドラマのあり方に一石を投じた俳優・佐藤浩市(55)のインタビューの波紋が日に日に広がっている。
先月30日付の朝日新聞朝刊に掲載されたもので、〈ナショナリズムに訴えかけるようなドラマしか、もう残された道はないんだろうか。冗談ですが、そんなことを口にしたくなるほど、テレビドラマの現状は方向性を見失っていると思う〉と厳しい意見を言い放っているのだ。
これまで佐藤は踏み込んだ社会的、政治的な発言はほぼ皆無だっただけに、驚きとともに、業界の惨状を目の当たりにして言わずにいられない俳優としての覚悟が伝わる内容。
ドラマの制作現場は自主規制でがんじがらめで、事なかれ主義に陥っており、自身が数年前に出演したあるドラマではこんなエピソードがあったそうだ。〈昭和30年代の雰囲気を描こうと会議中に皆が喫煙したら、相当数のクレームが来たことがあって。その後、同様の場面は姿を消しましたね〉。
時代考証すらも曲げてしまう、そんな表現の自由を放棄した風潮は〈自らの首を絞めていくだけ〉という佐藤の言葉に、「身につまされた」と嘆くのは、某民放キー局プロデューサーだ。
「シートベルト着用が義務化されてからは、刑事ドラマの十八番であるクルマで逃走するシーンは激減しました。私有地で撮影すれば未着用でもぎりぎりセーフなんですが、放送後の反響を考えたらリスキーなことは最初から避けますね。こうした問題は情報系番組の現場でも言えること。ある地方ロケでは、町中で首輪をつけてヤギの散歩をしていた住民に偶然遭遇して話を聞けたものの、結局、地方自治法の動物愛護に違反する可能性があるからと自主規制をかけてお蔵入りになりました。テレビ全体がクリエーティビティーは二の次で、リスクヘッジが最優先となっています」
今回の佐藤のインタビュー記事を読んだ上智大の碓井広義教授(メディア論)は、「勇気ある発言」とこう続ける。
「いまどきのテレビ界は何か意見すると敬遠されたり、偏見の目で見られる雰囲気があるが、50代半ばという年齢に差しかかり、彼の中で言うべきことは言わなければならないと腹をくくったのでは。もっとも、文化は社会とリンクして生まれるもの。今回の発言は放送界に限った話ではなく、日本社会が抱えている問題の指標にもなり得る。反権力や反戦争の姿勢を貫いた三国連太郎さんの反骨精神のDNAを受け継いだように感じます」
〈この島国では残念ながら、個人が自由に発言できる状況にはないのが現実だと思います〉とインタビューを結んだ佐藤の直言。テレビの現場に関わる人間全ての矜持が問われている。
(日刊ゲンダイ 2016.04.05)