「週刊新潮」の書評欄に書いたのは、以下の本です。
『青春の門』を出て、最後の門に至る
五木寛之 『玄冬の門』
ベスト新書 848円
中国で古くから使われてきた人生の区分がある。青春、朱夏、白秋、玄冬の4つだ。玄冬はいわゆる高齢期、老年期にあたる。
五木寛之『青春の門』(講談社文庫)の第1部「筑豊篇」が刊行されたのは1970年のことだ。そして現在83歳の著者が『玄冬の門』を上梓した。
中身は高齢期や老年期を生きるヒントだ。ただし、趣味を広げるとか、コミュニティへの参加とか、ましてや死ぬまでトキメキといった話ではない。むしろ逆だ。素の自分と向き合い、いくつかの覚悟をもって生きようという提言である。
覚悟は4つ。人は本来、孤独である。頼りになる絆などない。人間は無限に生きられない。そして、国や社会が自分の面倒をみてくれるとは限らない。その上で著者がすすめるのは同居自立、再学問、妄想、趣味としての養生、楽しみとしての宗教などだ。
特に、家族に甘えようとせず、孤独を嫌がらないこと。むしろ孤独の中に楽しみを見出す。孤独の幸せ感を覚えようというアドバイスが印象に残る。できれば“玄冬の門”をくぐる以前から、精神面においても独りでいることのレッスンやトレーニングを積んでおくことが必要だという。
読後、著者の『大河の一滴』(幻冬舎文庫)を読み返したくなった。しかし、「一生という水滴の旅を終えて、やがては海に還る」は、あくまでも著者が思うストーリーだ。今は、それぞれが“自身の物語”を持つべき時代なのかもしれない。
松山 巌 『ちちんぷいぷい』
中央公論新社 2052円
現実と幻想の境目を彷徨う感覚か。不思議な味わいの掌編小説集だ。嘘か真実か、取材者に過去の殺人を告白する老女優。バーのマスターに向かって少年時代の奇妙な体験を語る、バブル期の企業家。都会の片隅で採集された、50人の独白が読む者の想像力を刺激する。
湯川 豊 『丸谷才一を読む』
朝日新聞出版 1404円
4年前、87歳で亡くなった丸谷才一。その作品は小説、評論、翻訳など多岐に亘る。しかも長編小説に限っても、同時代の文学とは「あまりにも異なる」と著者はいう。一体何が違い、それはどこから来るのか。小説と評論を“合わせ鏡”として複合的に捉えていく試みだ。
平石貴樹:編訳 『アメリカ短編ベスト10』
松柏社 1944円
ポー「ヴァルデマー氏の病状の真相」からブローディガン「東オレゴンの郵便局」まで、厳選された名短編が新訳で並ぶ。中でもメルヴィルの「バートルビー」は、アメリカ文学者にして作家でもある著者が、「最高峰でベスト・ワン」と呼ぶ逸品。味わうしかない。
渡辺京二 『さらば、政治よ―旅の仲間へ』
晶文社 1836円
時評、インタビュー、読書日記、講義の4章で構成されている。表題作は、政治が本来抱える「悪」から、生活世界の刹那化・非連続化までを論じて刺激的だ。またインタビューでは、男はどんな女と過ごせたかが基本だと語る。冷徹な目と自由な魂に触れる一冊。
横尾忠則 『横尾忠則 千夜一夜日記』
日本経済新聞出版社 1944円
「描く時間より絵を眺める時間の方が長い」と画家は言う。だが、日記は毎日書く。オノ・ヨーコがかけてくる早朝の電話のこと。淀川長治と2人で自撮りする夢。山田洋次監督と頻繁に会う蕎麦屋。何冊も読み進める松本清張の小説。その日常が表現そのものだ。
(週刊新潮 2016.07.28号)