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BPO「放送倫理検証委員会」の10年

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設立から10年となる、放送倫理・番組向上機構(BPO)「放送倫理検証委員会」。

毎日新聞の「論点」に寄稿しました。


<論点>放送倫理検証委を問う
 NHKと日本民間放送連盟が設置した第三者機関「放送倫理・番組向上機構(BPO)」の3委員会の一つ、放送倫理検証委員会が今年、10年目を迎えた。放送の自律を強化し、政治による介入を阻止すべく誕生した検証委は、その役割を果たせているのだろうか。


過ちを指摘し、志を評価 
川端和治・BPO放送倫理検証委員会委員長
 その都度起きる問題に対応していたら、10年が過ぎてしまった。
 これまでを振り返って、最初に頭に浮かぶのは、2001年に従軍慰安婦問題を取り上げたNHKの「ETV2001シリーズ戦争をどう裁くか『問われる戦時性暴力』」。NHKは公表した事実経過の中で、現場のトップである放送総局長が放送前、安倍晋三内閣官房副長官(当時)に番組内容を説明したことを認めた。そこで、こうした行為はNHKの自主・自律性への疑念を視聴者に抱かせるためすべきではないとする委員会決定を出した。番組の制作責任者が放送前に政府関係者に内容を説明することをやめさせたという点で意味のある意見だった。
 委員会の設立当初から最も意識してきたことは、我々は表現の自由を守るために存在する機関であるということだ。今まで公表してきた23の委員会決定を読めば分かるように、放送局が自ら定めた放送倫理を基準として判断しているが、制作者を萎縮させないように常に配慮している。
 例えば、09年11月に発表した「最近のテレビ・バラエティー番組に関する意見」。視聴者からバラエティー番組に対する不満や違和感が相次いで寄せられたため、応える必要があると考えた。視聴者が違和感を持つ例を挙げながらも、放送倫理違反とは決して言わなかった。反発を招く可能性を意識しながら、面白いと確信が持てるものなら自由にやっていいと、ある意味過激な結論を出した。
 それでも放送局からは、番組内容を規制する組織と見られている。しかし、電波法に基づいて放送局に免許を与えたり、奪ったりする強大な権限を持つ総務省とは明らかに立場が異なる。何の処分権限も持たない第三者だからこそ、放送局を萎縮させずに放送倫理の向上を求められる。
 総務省が行政指導を控え、我々の活動を見守ってきたことで、「日本モデル」とでもいうべき、このユニークな仕組みは機能してきた。しかし昨年、総務省は「事実の報道」や「政治的公平」などを求める放送法4条を根拠に、NHKに対して行政指導を行い、この仕組みが破られた。それは09年6月にTBSの情報・報道番組で虚偽報道があったとして同省担当局長名で厳重注意して以来のことだ。社会の同調圧力も高まっている。自由ではないと感じる放送関係者は増えているのかもしれない。
 しかし、それは制度として求められていることではない。放送法4条は放送局が自らを律するための倫理規定であり、行政指導の根拠となる法規範ではない。厳密な政治的公平公正さが求められる選挙報道でも、当たり障りのない放送や、機械的に両論を併記した番組ばかりでは、国民の判断材料として必要な情報が提供されなくなる。放送局が萎縮すれば民主主義は成り立たなくなる。
 委員会は、伝えるべきものを伝える過程での勇み足であれば、過ちの指摘はするにしても、番組制作者の志を適正に評価することにより、意見が萎縮効果を生じさせないよう一層配慮していきたい。【聞き手・須藤唯哉】


社会的存在感高めてきた 
碓井広義・上智大教授
 この10年間の検証委の活動を高く評価したい。その理由は、「もの言う」委員会という積極的な姿勢にある。発足当初は一種の駆け込み寺、もしくは静かなお目付け役という印象が強かった。また「第三者機関といいながら身内を守る組織ではないか」と皮肉る声もあった。しかしその後、検証委は活動そのものによって、社会的な存在感を高めてきた。
 多くの取り組みの中で、特筆すべきものが3件ある。
 一つは2009年11月に公表した「最近のテレビ・バラエティー番組に関する意見」だ。ジャンルとしての50年以上の歴史を踏まえ、「テレビの中核的な番組スタイルこそ、バラエティーだった」とした上で、視聴者に嫌われる「瞬間」を「内輪話や仲間内のバカ騒ぎ」「生きることの基本を粗末に扱うこと」などと分析してみせ、バラエティーの危機を訴えた。
 二つ目は11年7月の「若きテレビ制作者への手紙」である。情報バラエティー2番組3事案に関する意見書と共に発表された。この「手紙」は、若手制作者に向けて、まさにかんで含めるように、制作プロセスでの基本的な注意点を語っている。例えば、ネットの情報はうのみにせず、正しい情報をえり分けること。また、上司から事実関係の確認を指示された場合、取材対象に直接尋ねただけでよしとしないことなどだ。実に丁寧に制作者を諭している。
 ここにつづられていたのは、いずれも制作現場の常識ばかりだ。つまり、それまでの常識が通用しなくなっている現実があり、当たり前のことが、当たり前にできていないことを意味する。文面には委員会が抱いている危機意識がくっきりと表れていた。
 最後が、15年11月に出された「NHK総合テレビ『クローズアップ現代』“出家詐欺”報道に関する意見」だ。意見書全体から、誤った意識と方法による報道に対する強い憤りと、この問題が今後、放送の自律や表現の自由に悪影響を及ぼすことへの懸念がひしひしと伝わってきた。
 しかも意見の対象は、当事者である記者とNHKだけではない。政権与党に対して、個々の番組に介入すべきではないこと、またメディアの自律を侵害すべきではないことを強調したのだ。政権によるメディアコントロールがこれまで以上に強まることを警戒・けん制する内容に、検証委の見識と矜持(きょうじ)を強く感じた。放送に関わる者全員が読むべき、筋の通った意見書だった。
 検証委が随所で示してきた「あえて言う」姿勢は、放送界が表現や言論の自由への圧力をはね返す大きな原動力となっている。しかし、その一方で、作り手が自らの首を絞めるような、不誠実な番組作りが後を絶たないことも事実だ。検証委の働きかけが、実際の制作現場でどのように生かされているのか、いないのか、再確認していく必要がある。
 また視聴者の番組や放送局に対する目は、より厳しいものになっている。放送の自主・自律を守るため、検証委と視聴者のコミュニケーションの強化も、今後の課題の一つと言えるだろう。(寄稿)


現場の萎縮こそ危険 
金平茂紀・TBSキャスター
 BPO、なかでも検証委という存在は、テレビの報道・制作現場の人間からとても疎まれている。番組のあら探しをするだの、放送の中身を裁く「お白州」の場のようだの、果ては自由な表現を束縛するだの、さんざんな言われ方をされることがある。
 けれども僕は、どんなに疎まれようが、嫌われようが、政権や所管官庁から放送の中身について直接、統制を受けたり、指導されたりするよりは、はるかに健全な仕組みだと考える。なぜか。
 第一に、放送で流通している情報は、公共財としての性格をもっており、結局、社会の成員ひとりひとりに帰属する。政府や官庁のものではない。だから、国や役所が統制・規制することには最大限に抑制的でなければならない。
 世界的にみると、日本の放送を運営するシステムは、先進国の中では異質だ。一般的には、放送の独立性・自律性を担保するため、第三者の独立行政委員会が放送行政を運営している。例えば、イギリスでは情報通信庁(OFCOM)、アメリカでは連邦通信委員会(FCC)といった第三者機関があり、機能している。日本の場合、最近の放送行政は、むしろロシアや中国に近づいているのではないか。それらの国では、政府や所管官庁が直接放送をコントロールする。ロシアや中国にはBPOのような組織もない。放送の自由と独立の概念がそもそもないのだ。
 第二に、過去に政権や官庁の言いなりになった、あるいは一体化したマスメディアが、どれほど悲惨な役割を担ったかを私たちは知っている。
 先ごろ、オバマ米大統領は、原爆投下から71年にして初めて現職大統領として被爆地・広島を訪問した。歴史的訪問と評価された。だが、その広島への原爆投下の被害を、当時、僕らの国の報道機関はどのように報じていたか。
 大本営発表のみの言論統制下、ある新聞は翌日の紙面で、「若干の被害」としか報じなかった。放送は当時、ラジオのみだった。NHKの前身、社団法人日本放送協会の広島中央放送局は8月6日の原爆で壊滅し、翌日、郊外にあった予備の設備で県民向け放送を再開した。その最初の放送で広島県知事は「ひるむな、職場に戻れ」と呼びかけた。放送と国策が一体化すると、このような悲劇が起こる。
 こうした過去への反省から、戦後、放送の自由と独立をまもるために放送法が作られ、その後、BPOが設置された。しかし、放送現場では今、そんな過去へのまなざしが忘れられつつある。8月のテレビはリオデジャネイロ五輪に占拠された。選挙の事前報道は激減した。テレビなんてそんなものだよ、という訳知りの声が聞こえる。
 検証委の存在が危機に陥るとすれば、政治の介入や圧力によるよりも、放送現場の人間が、萎縮・そんたく・自主規制に走ることで、検証委が活動する余地がなくなる場合であろう。逆説的な言い方になるが、放送現場の人間は、政治権力や力の強い者におもねらず、擦り寄らず、隷従せず、監視犬(ウオッチドッグ)の役割を再認識する矜持(きょうじ)と、危機に対する覚醒が求められている。(寄稿)
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自律機能強化が目的
 検証委は弁護士や学者、評論家らで構成。現在は9人。虚偽の疑いがある番組について、取材や制作の過程、番組内容を調査し、結果を公表する。放送局に対し、再発防止策の提出を求めることもある。発足は2007年5月。当時、関西テレビによる番組捏造(ねつぞう)問題をきっかけに、政府が放送法改正を伴う番組内容に対する規制強化に乗り出した。自律機能の強化でこの動きを阻止しようと、放送界がBPOに検証委を設置した。
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 ■人物略歴
かわばた・よしはる
 1945年生まれ。東京大法学部卒。弁護士、朝日新聞社コンプライアンス委員会委員。日弁連副会長、法制審議会委員などを歴任。検証委発足時から委員長を務める。
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 ■人物略歴
うすい・ひろよし
 1955年生まれ。慶応大法学部卒。81年テレビマンユニオンに参加。20年にわたり番組制作に携わる。その後、慶応大助教授、東京工科大教授などを経て現職。専門はメディア論。
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 ■人物略歴
かねひら・しげのり
 1953年生まれ。77年TBS入社。社会部記者、ニュース23編集長、報道局長、アメリカ総局長を歴任。2004年度「ボーン・上田記念国際記者賞」を受賞。土曜午後5時半放送「報道特集」を担当。

(毎日新聞 2016年8月26日)


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