Quantcast
Channel: 碓井広義ブログ
Viewing all articles
Browse latest Browse all 5568

だから、「事典」は面白い

$
0
0


本のサイト「シミルボン」に、以下のコラムを寄稿しました。

https://shimirubon.jp/columns/1676835


だから、「事典」は面白い
所属している新聞学科の学生たちに本を薦める時、必ず入れる一冊がある。『現代ジャーナリズム事典』(三省堂)だ。この本の監修は武田徹(ジャーナリスト・恵泉女学園大学教授)、藤田真文(法政大学教授)、山田健太(専修大学教授)の3氏。 いずれも信頼できる研究者だ。

事典を”通読”してみる

厚さ3センチ、378ページ、約700項目が記載された事典である本書を、“引く”とか、“拾い読み”とかではなく、頭から“通読”してみた。

あらためて、優れた事典は“引く”だけの書物ではなく、わくわくする“読みもの”でもあることを再認識した。項目の並びは「あいうえお順」で、思想、倫理、理論、表現、権利、事件、報道など多岐にわたるが、読み進めるうち、「ジャーナリズムの過去・現在・未来」の全体像が徐々に浮かび上がってきたからだ。

ジャーナリズムの「論点」

新聞におけるニュースバリューは、記事が掲載された紙面と文章の量、そして論調で確認できる。ならば事典ではどうか。”割かれた字数”が重要度を示すと考えていいだろう。

本書の場合、”長めの文章”で構成された項目は以下の通りだった。「戦時下の情報統制」「メディアと権力」「言論・出版・表現の自由」「個人情報」「報道被害」「報道倫理」「メディアリテラシー」「ジャーナリズム教育」などだ。これらを見ただけで、監修者、編集委員、そして執筆者たちの姿勢や問題意識が伝わってくる。

次に独特の整理法にも好感をもった。たとえば、「秘密保護法制」という項目がある。ここでは明治憲法下における軍事機密の扱いから、最近の特定秘密保護法まで言及している。それによって、特定秘密保護法をめぐる問題を歴史的視点に立って考察することが可能になる。

また「自主規制制度」についても、わざわざ出版、新聞、放送の3つに分けて述べている。こうした姿勢が事典としての精度を上げているのだ。

記述にも多くの配慮が為されている。例を挙げれば、「報道倫理」に関する要点を解説した後、「倫理違反を違法行為として罰してよいのか、そもそも倫理とは何なのか」という大きな課題を示すことを忘れていない。

さらに「発掘!あるある大事典2事件」「テレビ離れ」「図書館の自由」など、この事典ならではの項目設定にも注目したい。

中でも驚くのは、「電通」が入っていたことだ。広告業界を牽引してきた一方で、寡占化やガラパゴス化など「日本の社会的コミュニケーションの閉鎖性を促してきたのではないか」と厳しい指摘も行っている。

もちろん、「ソーシャルメディア」などの新語も収容されていた。市民の多くが発信者になることの意義だけでなく、「誹謗中傷やデマが拡散しているなどの問題点も指摘されている」との記述も重要だ。

事典の”日常使い”

アナウンサー志望の女子学生が鞄の中に「アクセント辞典」を忍ばせ、“ゼミ飲み”の席でもチェックしている姿を見かけたことがある。その意気や良しだ。

ならばジャーナリスト志望の学生諸君は、すべからく本書を常時携帯し、随時ひも解くべきだろう。そのための並製(ソフトカバー)仕様でもある。

そして、異色の「事典」たち

荒俣宏『喰らう読書術』(ワニブックスPLUS新書)の中に、興味深い提言があった。

荒俣さんは、今こそ「教養主義」的な読書が必要な時代ではないかというのだ。全集や事典には「体系の本質」があると説いている。

また、成毛眞『教養は「事典」で磨け~ネットではできない「知の技法」』(光文社新書)は、 書評サイト「HONZ」代表が勧める事典活用法だ。

「ある分野の素人には、その分野を学んでいく過程を楽しむ権利がある」と成毛さんは言う。編者の個性が前面に出た事典は意外と古びない。小刻みな知のインプットを行うのに最適だ。図鑑を含む事典が、実に有効な教養書だと知った。

たとえば、手元に以下のような事典がある。そのジャンルで知りたいことがあった時はもちろん、ランダムに開いてみたりする。発見や再発見の連続で、大いに刺激されるのだ。

重金敦之『食彩の文学事典』(講談社)は、文士たちの描いた食べ物が一堂に会する、画期的な文学辞典だ。たとえば大根。池波正太郎「剣客商売」には猪の脂身と大根だけの鍋が登場する。水上勉は「皮をむくな」と寺での小僧時代に教えられたと書く。250冊から抽出された和食のエッセンスが味わえる。

瀧口雅仁『古典・新作 落語事典』(丸善出版)は、新作を含む約700席を収載した画期的な事典。あらすじに続く解説も秀逸だ。たとえば三遊亭圓朝作とされる「死神」では、グリム童話などとの関係を辿る一方で、六代目圓生や十代目柳家小三治、立川志の輔の型にまで言及している。個人で成し遂げた金字塔だ。

重木昭信『ミュージカル映画事典』(平凡社)は、誕生から現在まで、ミュージカル映画の軌跡を辿りながら、その全体像を提示した本邦初の事典である。登場する作品は約3200本。本編はもちろん、年度別作品一覧、邦題・原題・人名索引の充実ぶりにも驚かされる。これを一人で完成させた著者に拍手だ。

Viewing all articles
Browse latest Browse all 5568

Trending Articles