倉本聰脚本『やすらぎの郷』
82歳の果敢な挑戦
倉本聰脚本『やすらぎの郷』(テレビ朝日系)が始まった。放送は平日の昼どき。視聴者としてどこかないがしろにされている高齢者層に向けた、まさに「シルバータイムドラマ」である。
物語の舞台は、テレビに貢献した者だけが入れるという無料の老人ホーム「やすらぎの郷」だ。過去と現在のギャップ、病や死への恐怖など、大物たちはそれぞれに葛藤を抱えている。演じるのは倉本の呼びかけに応じた浅丘ルリ子、有馬稲子、八千草薫など本物の大女優たちであり、虚実皮膜の人間喜劇が期待できそうだ。
主人公はベテラン脚本家の菊村栄(石坂浩二)。第1回では認知症だった妻(風吹ジュン)の死が描かれた。徘徊を繰り返し、夫さえ判らなくなった妻が亡くなったことを介護からの解放と感じ、「ホッとした自分が情けなかった」と菊村が言う。きれい事だけでは済まない人生の断面がそこにある。
また第2回では、東京を離れることを親友であるディレクターの中山(近藤正臣)に打ち明ける。自分も入りたいと言い出す中山。無理だと答える菊村。テレビ局にいた人間を除外するのはホームの創立者の方針だった。理由は「テレビを今のようなくだらないものにしたのはテレビ局そのものだから」。ドラマの台詞とはいえ、この痛烈なテレビ局批判は秀逸だ。
思い浮かぶのは1974年から翌年まで放送された、倉本の『6羽のかもめ』(フジテレビ系)である。最終回の“劇中劇”で、政府はテレビが国民の知的レベルを下げることを理由に「テレビ禁止令」を出す。テレビ局は廃止、家庭のテレビは没収となってしまう。ドラマの終盤、山崎努演じる放送作家が酒に酔った勢いでカメラに向かって憤りをぶつけた。
「(カメラの方を指さす)あんた!テレビの仕事をしていたくせに、本気でテレビを愛さなかったあんた!(別を指さす)あんた!――テレビを金儲けとしてしか考えなかったあんた!〔中略〕 何年たってもあんたたちはテレビを決してなつかしんではいけない。〔中略〕なつかしむ資格のあるものは、あの頃懸命にあの情況の中で、テレビを愛し、闘ったことのある奴。それから視聴者――愉しんでいた人たち」
このドラマから42年、テレビは中身の質より視聴率で評価することを続けてきた。その間、置き去りにされたのがシニア世代の視聴者だ。今回、倉本は彼らの“声なき声”に応えたのだ。『やすらぎの郷』は、生きるとは何かを問う人間ドラマであると同時に、テレビと真剣に向き合ってきた82歳の脚本家の果敢な挑戦でもある。
(毎日新聞夕刊 2017.04.07)