赤坂真理さんの長編小説『東京プリズン』のテーマは、天皇の戦争責任と戦後問題です。2年にわたり「文藝」に連載されていたころから、すでに問題作として話題になっていました。
ここには2人の「私」が存在します。1980年のアメリカに留学している15歳の「私」から、2009年の日本で45歳となっている「私」に電話がかかってくるのです。
奇妙ですが、あるリアリティを伴った“過去の自分”との会話。電話口で彼女の母親を演じるうちに、かつての戦勝国で、敗戦国から来た少女として体験したいくつもの出来事が「私」の中で甦ってくる。また母親が抱えていた心の闇も少しずつわかってきます。
物語の後半に置かれた、留学中の主人公が参加する授業の内容が秀逸です。それは「東京裁判」を再現したディベートであり、彼女が「天皇の戦争責任」を追及する立場で議論が進むという複雑な構造となっています。そこで語られるのは、戦後の日本人が棚上げにしてきた国家論であり、戦争論であり、天皇論なのです。
この小説の主人公の名はマリ・アカサカ。少女時代にアメリカへ留学していた著者が感じ、その後も考え続けてきた「戦後社会」への違和感を、見事に文学作品として昇華させた意欲的な長編です。