「週刊新潮」に、以下の書評を寄稿しました。
困難な中も続けたマンの日記を繙く
池内 紀
『闘う文豪とナチス・ドイツ』
中公新書 886円
北杜夫『どくとるマンボウ青春記』では、旧制高校の寮がトーマス・マン『魔の山』に喩えられる。「ありとある人種が集まって、息の長い比較するものとてない物語が進行してゆく」と。これが喩えとして成立していたように、かつてはマンも『魔の山』も、当たり前の教養だったのだ。
昨年、邦訳『トーマス・マン日記』全10巻が完結した。1933年1月にヒトラー政権が成立した直後、国外で講演旅行中だったマンは帰国差し止めの対象とされてしまう。それは長い亡命生活と日記の始まりだった。池内紀『闘う文豪とナチス・ドイツ トーマス・マンの亡命日記』は、マンがこの困難な時代をどう生き、何を思っていたのかを探った力作だ。
マンが堅持した日記の原則がある。まず、たとえ短いメモ程度でも毎日書くこと。また日記のつけ方にも型があり、執筆中の小説の経過、その日の体調、そして世界情勢と続く。中でも記された世界情勢は、「ドキュメントとして並外れて優れている」と著者。マンは複数の新聞を読み較べ、情報の精度を確認していた。
本書を読み進めると、ナチスに対するマンの立ち位置がわかってくる。キーワードは「共犯の罪」だ。ある体制を容認するどころか、有利にはかることを「第一級の犯罪行為」と捉え、ナチスを「許し、肥大させ、暴走させた罪」をドイツ国民と共有しようとしたのだ。しかもそれが容易ではなかったことも、現代の私たちは知っておくべきだろう。
下川 裕治
『シニアひとり旅
~バックパッカーのすすめ アジア編』
平凡社新書 864円
著者のデビュー作は27年前の『12万円で世界を歩く』。本書は同世代に向けたアジアガイドだ。上海で探す金子光晴の住居。タイから陸路で越える国境。ソウルの専門店で知る韓国料理の奥深さ。各国の歴史を踏まえ、現在の街や人と向き合う旅の流儀は変わらない。
(週刊新潮 2017年9月21日菊咲月増大号)