「週刊新潮」に、以下の書評を寄稿しました。
写真で事実を記録した男
その生涯を追った本格評伝
須田慎太郎 『写真家 三木淳と「ライフ」の時代』
平凡社 3872円
写真家・三木淳(みきじゅん)の代表作の一つに吉田茂の肖像がある。ふちのない丸眼鏡。火の消えた葉巻をくわえた口元が、わずかに微笑んでいる。撮影されたのは昭和26年6月。間もなく、サンフランシスコ講和条約が締結されようとしていた。
この写真は、世界的な写真報道誌「ライフ」の表紙を飾った。米本国版と国際版など合わせて約1800万部が印刷され、吉田の顔が世界を駆けめぐったという。撮影した三木は当時31歳。ライフでただ一人の日本人カメラマンだった。
須田慎太郎『写真家 三木淳と「ライフ」の時代』は、没後25年となる報道写真家の生涯を描く本格評伝だ。大正8年、三木は現在の岡山県倉敷市で綿織物の製造や貿易などを営む、豊かな商家の三男として生まれた。小学4年生で自分のカメラを持った少年は、写真クラブに入会するために慶應義塾大学へと進む。
学生のまま出会うのが名取洋之助、亀倉雄策、そして師となる土門拳だ。この時代、土門は文楽と格闘しており、助手として肉体労働の連続ともいうべき日々を過ごす。「一級品を見ろ」「超一流の人間とつき合え」「一歩踏み込んでシャッターをきれ」といった土門の教えはライフで生かされる。朝鮮戦争、アメリカ南部、ニューヨークやボストンなどで、レンズを通して事実を記録していった。
しかし、やがてライフに変化が起き始める。センセーショナリズムに傾き、より扇情的な写真、歪曲し誇張した写真が増えてきたのだ。昭和31年に、三木は約7年勤めたタイム・ライフ社を去る。以降、フリーの立場で多岐にわたる被写体を撮り続けながら、大学の教壇に立ち、また日本写真家協会や土門拳記念館などの活動にも尽力した。
三木が72歳で亡くなったのは平成4年2月。もしも存命なら、デジタルカメラの普及やスマートフォンによる「誰もがカメラマンの時代」をどう見るか、聞いてみたい気がする。
若杉 実 『裏ブルーノート』
シンコーミュージック 2160円
なにを聴くかよりも、どう聴くかを大切にする著者。まるでジャズの即興演奏のような、変幻自在のジャズ評論集だ。たとえば、コルトレーンは「限りなく透明に近いブルース」であり、ホレス・シルヴァーのピアノは任侠劇や親鸞の教えに喩えながら語られていく。
なべおさみ
『スター万華鏡~昭和の風に吹かれて』
双葉社 1620円
昭和35年、夜ごと赤坂の料亭に集まり、飲んでしゃべる一団があった。美空ひばり、石原裕次郎、勝新太郎、そして著者が付人をしていた歌手の水原弘だ。そんな現場の秘話をはじめ、往年の昭和芸能界が蘇る。さらに田岡一雄や安藤昇も登場するのが本書ならでは。
大鹿靖明 『東芝の悲劇』
幻冬舎 1728円
読みながら「企業の運命」という言葉が浮かんでくる。同時にその鍵を握るのが「ひと」であることを痛感する。約20年前に社長の座についた西室泰三をはじめ、西田厚聰、佐々木則夫などのトップたちがしたこと、そしてしなかったこと。悲劇の内幕が明かされる。
(週刊新潮 2017年11月2日号)