週刊新潮に、以下の書評を寄稿しました。
松本清張ブームの再燃 その理由がここに
高橋敏夫 『松本清張 「隠蔽と暴露」の作家』
集英社新書 821円
昨年放送された松本清張原作のドラマは、『黒革の手帖』など4本もあった。なぜ今も清張作品は広く受け入れられるのか。高橋敏夫『松本清張「隠蔽と暴露」の作家』を読むと、その答えの一端が見えてくる。
早大教授である著者は、清張の怒涛のような表現活動の核に「隠蔽と暴露」という方法があったと言う。同時に「隠蔽を暴露する」ではないことを強調する。圧倒的な勢力による巨大な秘密の隠蔽と、それに対する個々の小さな暴露という対比を重視しているのだ。
その上で、清張が作品を通じて暴露してきたものを浮かび上がらせていく。『球形の荒野』『黒地の絵』は、戦後も続いていた「戦争」を。『ゼロの焦点』『砂の器』では、暗い戦後をなかったかのように覆い隠した「明るい戦後」の欺瞞を。
そして『点と線』『けものみち』が暴いたのは「政界、官界、経済界」の癒着や汚職だ。さらに「オキュパイドジャパン(占領下の日本)」という、現在まで影響を与え続けている巨大な密室をこじ開けようとしたのが、『小説帝銀事件』や『日本の黒い霧』だった。
清張作品は途切れることなく書店の棚に並んでいる。また今後もドラマや映画などの映像化は続くだろう。著者はそんな清張ブーム再燃の背景に、「ふたたび姿をあらわしはじめた秘密と戦争の薄暗い時代」としての現代を見る。清張の生活史を踏まえ、作品群に新たなスポットを当てた本書もまた、隠蔽する力に抗う一つの試みかもしれない。
片岡義男『珈琲が呼ぶ』
光文社 1944円
「フィリップ・マーロウはコーヒーを飲むか」などという書き出しが魅力的だ。「片岡義男の世界」と珈琲はよく似合う。だから珈琲が人やものを呼んでくる。ボブ・ディラン、辰巳ヨシヒロ、森茉莉、そして神保町の喫茶店。書き下ろしの珈琲エッセイ、全45篇だ。
中川右介『世界を動かした「偽書」の歴史』
KKベストセラーズ 1566円
フェイクはニュースだけではない。本書には、真贋が問われる書物や文書でありながら、歴史を変えた事例が並ぶ。マルコ・ポーロが書いていない「東方見聞録」。ナチスが利用した最悪の偽書「シオン賢者の議定書」。いずれも背後に隠された物語が興味深い。
(週刊新潮 2108.02.22号)