現在、TBS系「日曜劇場」枠では、二宮和也さん主演『ブラックペアン』を放送中です。
二宮さんが演じる主人公・渡海征司郎は「手術成功率100%を誇る孤高の天才外科医」。その神技ともいえるスキルは、あの「ドクターX」こと大門未知子先生といい勝負かもしれません。
日曜の夜、腕をふるってきた「名医」たち
思えばこの10年、「日曜劇場」には何人もの名医が登場しました。
まず、産科だろうが脳外科だろうが、ジャンルに関係なくどんな手術もバシバシやっていたのが、『Tomorrow~陽はまたのぼる~』(08年)の森山航平先生(竹野内豊)です。
『JIN―仁―』(09年)の南方仁先生(大沢たかお)は、確か外科医でしたね。江戸時代にタイムスリップして大活躍。焼け火箸を電気メスの代用品にして止血を行ってみせたり、当時は死病だったコロリ(コレラ)とも戦っていくのですが、結構リアルで緊迫感のある医療ドラマでした。
次が『GM~踊れドクター』(10年)。総合診療科なるセクションの総合診療医(って言われてもよくわかんなかったけど)で、問診だけでも病名を言い当てていた名医が、後藤英雄先生(東山紀之)です。
翌11年の『JIN―仁―完結編』では、再び南方先生が登板し、大好評のうちに幕を閉じました。
日曜の夜、苦戦していた「名医」たち
標高2500メートルの山上にある診療所が舞台だったのは、『サマーレスキュー~天空の診療所~』(12年)です。
ただ、この時は山岳診療所という設定自体に、やや無理がありました。毎週毎週、登山客が病気やケガをする山って、一体どんな山なんだ? 呪われてるのか?
また、速水圭吾先生(向井理)は心臓外科医でしたが、医療ドラマらしいダイナミックな見せ場も期待できませんでした。そもそも重病患者は山に来ません(笑)。
それにこの診療所の医療設備は最小限で、医師が出来ることは少ない。患者の命を救うにはヘリで町の病院まで搬送するのが一番で、速水先生の腕もあまり生かしようがなかったのです。
そして5年後、満を持してマウンドに上がったのが、『A LIFE~愛しき人~』(17年)の沖田一光先生(木村拓哉)でした。
「心臓血管と小児外科が専門の職人外科医」とのことでしたが、肝心の手術シーン全体は緊張感とか緊迫感とかが希薄。手術を終えても、「やったね!」という達成感とか勝利感とか爽快感とかが、ほとんどありません。
また木村さんは善戦していたものの、ドラマにおける「見せ場」が与えてくれる高揚感も、あまりありませんでした。このドラマでの手術シーンは、それなりにリアルチックだったのかもしれませんが、ドラマチックではなかったのです。
そして、「手術室の悪魔」渡海征司郎医師
『ブラックペアン』の主人公・渡海征司郎は、これまでの「日曜劇場」の先生たちとは明らかに違います。腕はとびきりいいけど、かなり傲慢。「オペ室の悪魔」というニックネームが象徴するように、デモーニッシュな、それもちょっとダークなオーラを身にまとっている点でユニークです。
先週の第3回でも、同時に難しい手術をしなくてはならなくなったとき、渡海が研修医の世良(竹内涼真)に向かって、こう言い放ちました。
「どっち、助ける? いや、どっち殺す?」。
さらに「俺なら両方助ける!」と。この自信と悪魔的スキルが渡海の魅力でしょう。
しかも、渡海は胸の内に重い「わだかまり」を抱えています。時々眺めている、一枚の胸部レントゲン写真。そこに映っている、大きなハサミのような「ペアン」に秘密があるようです。この謎の鬱屈からくる「陰り」が、渡海の人物像に奥行きを与えています。
そんな渡海を現出させているのは、二宮和也さんの俳優としての力量だと言っていい。たとえば、手術シーンではマスクを着用しているため、目だけで多くを表現しなくてはなりません。ドクターXこと大門未知子先生の場合は、ややもすれば「大きく見開く」ばかりが続きますが(笑)、渡海の目はより繊細に、感情だけでなく状況をも映し出していきます。
脚本家・倉本聰さんが語った「俳優・二宮和也」
先日、脚本家・倉本聰さんと行っている連続対談の席上で、二宮さんについてうかがいました。
碓井 『優しい時間』(05年、フジテレビ系)は親子、特に父と息子の物語でした。
倉本 そうですね。僕はニノ(二宮和也)っていう役者をそれまで全然知らなくて。フジテレビが連れてきたんですけど、これはいいと思いましたね。
碓井 どのあたりが一番ピンときたんですか。
倉本 繊細さですね。たとえば父親(寺尾聰)の働いてる姿を木の陰からそうっと見てるシーンがあったでしょう?
碓井 この父子の関係を象徴していました。
倉本 あそこは、「エデンの東」のジェームズ・ディーンが、実の母親をこっそり見に行ったところがヒントです。そんな雰囲気、気持ちの複雑さみたいなものをニノはとてもよく出していたと思う。
碓井 富良野のジェームズ・ディーンだ。とはいえ二宮さんはアイドルグループの一員で、いわゆる役者さんではなかった。そのあたりはどうお考えだったんですか。
倉本 あの頃になるとテレビ局が押さえてくるのはタレントだったり歌手だったり、極端に言ったらスポーツ選手まで連れて来ちゃったでしょう? 有名ならいいっていう感じで。
碓井 役者じゃない人をドラマで起用した場合、当たりハズレも大きい。
倉本 だからそれに関しては一種の諦めがあったんです。ただ、ニノに会ってみて、この子はちゃんとしてるなって思いました。あいつは物おじしないんですよ。僕のことを「聰ちゃん!」って呼ぶしね。クリント・イーストウッドにも使われてた。
碓井 そうでした。映画『硫黄島からの手紙』(06年)ですね。
倉本 あいつ、イーストウッドのことを「クリントは……」って言うんですよ。生意気なんだけど、失礼な感じにならない。ナイーブさも持ってるし、あの子の才能ですね。(日刊ゲンダイ連載「倉本聰 ドラマへの遺言」2018.05.11より)
生意気ながら礼節あり。繊細にしてナイーブな和製ジェームズ・ディーン。さすが倉本先生ですね。「俳優・二宮和也」のキモを、しっかりおさえていらっしゃいました。
『ブラックペアン』は、二宮版「ブラック・ジャック」!?
さて、『ブラックペアン』です。原作は、『チーム・バチスタの栄光』などで知られる海堂尊さんの長編小説『ブラックペアン1988』(講談社刊)。
この原作では、高階権太医師(ドラマでは小泉孝太郎)が駆使する「スナイプAZ1988」は食道の自動吻合器でした。しかし、ドラマの最新医療用機器「スナイプ」は、心臓手術に使われています。
心臓ということで、より生死に関わる場面が多くなり、医療ドラマとしてのダイナミックな展開を可能にしています。この「ダイナミックな展開」は、やはり福澤克雄ディレクターをはじめとする「チーム半沢直樹」ならではの力技と言えるでしょう。
渡海は、手術を次々と成功させて患者の命を救っていますが、相変わらず、しっかり「大金」も受け取っています。このあたり、手塚治虫先生の名作『ブラック・ジャック』を想起させますよね。
そういえば、このドラマの伊與田英徳プロデューサーは、かつて『ブラックジャックによろしく』(03年)を手がけたことがありました。研修医である斉藤英二郎(妻夫木聡)が主人公でしたが、『ブラックペアン』の研修医・世良(竹内)は、いわば狂言回しといった役割です。
今後、世良の無垢なる目に、渡海は、そして高階はどう映っていくのか。あの体内の「ペアン鉗子」は、誰の、何をつかむことになるのか。まだまだ先が読めない楽しみがあります。