週刊新潮に、以下の書評を寄稿しました。
清泉 亮
『誰も教えてくれない田舎暮らしの教科書』
東洋経済新報社 1512円
地方のビジネスホテルのロビーには、観光やグルメ情報のチラシを置いたコーナーがある。最近目につくようになったのが、地元自治体が発行する「移住案内」だ。美しい自然、四季折々の行事、暮らしやすい環境。市や町が行っている移住支援策も紹介されている。定年という節目を迎える世代に、「いいなあ、田舎暮らし」と思わせるには十分だ。
しかし、そう簡単に移住を決めていいのか。行った先は本当に“人生の楽園”なのか。地方移住歴20年以上の著者が、リアルな田舎暮らしを教えてくれるのが本書だ。すでに移住という選択をした人、迷っている人、そして興味のある人にも有効な一冊となっている。
まず、都会人が陥りやすい過ちが指摘される。頭の中で自分に都合のいい“理想の田舎”を思い描いてしまうことだ。著者はこれを「無意識の楽観主義」と呼ぶ。何とかなるさ=どうにもならない。最悪の状況、想定外を想定しておく必要がある。
よく「のんびり、ゆったりの田舎暮らし」と言われるが、実際は逆だったりするのだ。田舎は想像以上に強い共同体であり、団体主義、全体主義が徹底している。そこではのんびりとはほど遠い、「新住民」としての修業が待っている。またゆったりどころか、都会に住むより経済的負担が大きい場合がある。特に過疎地域では税金が高く、健康保険料は「地獄の出費」だ。加えて「人情の厚さ」や「人間の温かさ」も決してタダではないと知るべきだろう。
さらに移住先の地域性と特性をしっかり把握せよと著者は言う。厳冬期に訪問してみること。1時間圏内における大学病院の有無の確認。お寺の住職と駐在さんへのヒアリングも忘れずに。その上で著者が勧めるのがストレスの少ない「別荘地移住」であり、「賃貸移住」である。
読了後、「それでも移住したいか」と自問し、イエスなら動き出せばいい。ただし本書を携えながらだ。
桜井 弘
『宮沢賢治の元素図鑑~作品を彩る元素と鉱物』
化学同人 1728円
自然科学の知識を作品に活かしていた宮沢賢治。本書は賢治が作品中で用いた元素に注目し、作品とその元素を含んだ鉱物について解説するユニークな図鑑だ。『銀河鉄道の夜』の水素やリチウム。『春と修羅』の炭素や窒素。賢治作品に新たな視点から光が当たる。
小川隆夫 『ジャズ超名盤研究』
シンコーミュージック・エンタテイメント 2700円
「スイングジャーナル」誌に連載された考察の単行本化だ。研究対象となるのはマイルス・デイヴィス「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」など、ジャズ・ファンなら必聴ともいうべき名盤34作品。歴史的意義、アルバム誕生秘話、全曲紹介など読み応え十分だ。
(週刊新潮 2018年8月9日号)