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故郷の情報紙で、「ドラマへの遺言」の紹介記事

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地元在住の同級生が送ってくれた記事の写真

塩尻出身 上智大教授の碓井広義さん
倉本聰さんと共著
ドラマ論や製作の舞台裏つづる
塩尻市出身で、上智大文学部新聞学科教授の碓井広義さん(64、神奈川県)は、テレビドラマ「北の国から」などで知られる脚本家、倉本聰さん(84)と共著で「ドラマへの遺言」を出版した。

テレビ制作会社で働いているころに倉本さんと知り合った碓井さん。昨年1~6月に夕刊紙に連載した倉本さんへのインタビューを基に、ドラマ論や製作の舞台裏などをつづっている。(浜秋彦)

延べ30時間のインタビュー
「仕事と人生を活字に」

15章構成で「人間・倉本聰のラストメッセージ」と碓井さん。

1章の「常に怒りのパッションを持っていないと」は、17年4月から約半年間放送されたドラマ「やすらぎの郷(さと)」がテーマ。作品にはテレビ局批判のせりふも織り込んでおり、視聴率至上主義に対する問題提起とも読み取れるが、倉本さんにこの点を尋ねると、「やっぱりね、常に怒りのパッションを持っていないと、僕の場合は書けないんですよ」との答えが返ってきた。

5章の「利害関係のあるやつばっかりと付き合うな」では倉本さんが脚本を手掛けたNHK大河ドラマ「勝海舟」を途中降板することになった詳しい経緯などを明かしている。

6章の「頭の上がらない存在はいた方がいい」では、ドラマ「前略おふくろ様」に板前役で主演した萩原健一さんに
触れている。作品の神髄とも言われる萩原さんの心の中のナレーションがどう生まれたかを記しているほか、故高倉健さんとの秘話も披露している。

15章の「神さまが書かせてくれている間は書き続ける」では「やすらぎの郷」の続編となる「やすらぎの刻(とき)~道」の詳細を話しながら、作品に込めた思いなどを語っている。

碓井さんは、1981(昭和56)年から約20年間、テレビ制作会社「テレビマンユニオン」に在籍。「若造に惜しげなく理想のドラマ像を伝授しようとする熱意と人柄にほれ込んだ」と倉本さんを師匠と仰ぐ。インタビューは北海道富良野市や都内で計9回、延べ30時間に及んだという。

碓井さんは「倉本さんが80代に差しかかったころから、師匠が突然目の前からいなくなることへのおびえを感じ、仕事と人生のすべてを活字にして公開することを提案した。自分にとっても一区切りとなる本」と話す。

(信濃毎日新聞「MGプレス」 2019.03.12)




ドラマへの遺言 (新潮新書)倉本聰、碓井広義新潮社

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