話題の法医学ドラマ 「サイン」と「監察医 朝顔」 どちらが意欲作か
大森南朋のハマり役、上野樹里の演技力
ドラマは一朝一夕には作れない。企画が決まり、脚本が書かれるのと同時並行でキャスティングが行われる。ロケ地探し、リハーサル、収録、そして編集や音楽入れなどの仕上げと、手間と時間のかかる作業が続くのだ。
ましてや、ヒットドラマの“後追い”となると、実際に放送されるタイミングとの時差は大きくなる。昨年4月クールの「おっさんずラブ」(テレビ朝日系)が予想外に支持され、その様子を見た他局が追随したことで、今年の春は「きのう何食べた?」(テレビ東京系)や「俺のスカート、どこ行った?」(日本テレビ系)など、「男性同性愛者が登場するドラマ」が同時多発した。
「法医学ドラマ」という鉱脈
今期は、「法医学ドラマ」が2本放送されている。こちらのきっかけは、昨年1月クールに放送された「アンナチュラル」(TBS系)であることは明白だ。
架空の「不自然死究明研究所(UDI)」を舞台に、不条理な死に立ち向かう法医解剖医、三澄ミコト(石原さとみ)を主人公としたドラマだった。しかも単なる謎解きのサスペンスではない。遺された者たちが、いかに生き続けるかをも問いかけていた。
自殺系サイト、長時間労働、いじめといった今日的な問題も織り交ぜながら、解剖医たち自身が「生きるとは何か」という根源的な問いに向き合っていく。そのプロセスを、卓越した構成力で描いたのは脚本の野木亜紀子だ。ドラマ自体だけでなく、彼女もまた数々の賞を受けた。
その様子を見て後追いした他局が、法医学系の原作を探し回った結果、この夏、「サイン―法医学者 柚木貴志の事件―」(テレビ朝日系)と「監察医 朝顔」(フジテレビ系)が同時に登場することになった。
大森南朋主演「サイン―法医学者 柚木貴志の事件―」
韓国ドラマを原作とする「サイン」の舞台は、架空の組織「日本法医学研究院」だ。主人公は解剖医の柚木貴志(大森南朋)。解剖医としての腕は超一流だが、融通が利かず、頑固で偏屈。血の気が多く、すぐカッとなる。剖検の最中は基本的に冷静だが、付いてこられない助手などへの罵詈雑言は完全なパワハラだ。
どこまでも一匹狼タイプであり、協調性なし。権威や権力にも屈しない。って、まるで「ドクターX」の大門未知子ではないか。つまり“テレ朝系医療物”の王道キャラなのだ。そんな柚木役に大森南朋が見事にハマっている。
また柚木を尊敬し、彼から学ぼうとする新米解剖医・中園景(飯豊まりえ)。柚木の元婚約者で警視庁捜査一課の管理官、和泉千聖(松雪康子)など、女性陣の存在も物語に膨らみを与えている。
このドラマでは、毎回の個別事件の解明と、国民的人気歌手の死の真相という継続案件が並行して描かれていく。特に後者に関しては、前院長(西田敏行)を追いやって日本法医学研究院のトップ立った、国立大学の伊達教授(仲村トオル)や、大物政治家の秘書(木下ほうか)、さらに謎の若い女(森川葵)などがうごめいており、闇が深そうだ。
柚木と伊達、真逆の性格をもつ2人の法医学者の対決を軸に展開されるストーリーは、大人が見て十分に楽しめる。しかし、その面白さを支えているのは、原作となっている同名の韓国ドラマである。
物語全体の基本的設定も、主な登場人物たちのキャラクターや関係性も、韓国の放送局SBSが作った連ドラ「サイン」と、ほとんど同じになっている。いわば日本版リメイクなのだ。
いや、リメイクがいけないわけではない。海外のヒットドラマをリメイクするのもまた、エンタメビジネスとしては当然の取り組みだ。
しかし、作り手たちは本当にやりたくて、これを作っているのだろうか。韓国ドラマ「サイン」を見た時、「うーん、面白い。このままコピーして日本版をやろう!」ということだったのか。
「うーん、面白い。ならば自分たちは、これを超える法医学ドラマを生み出そうじゃないか!」という発想はなかったのか。
脚本家・倉本聰さんから聞いた、こんな言葉がある。
知識と金で
前例にならってつくるのが「作」。
金がなくても智恵で
零から前例にないものを生み出すのが「創」。
「サイン」は確かに作られてはいるが、果たして本当に創られているのか。作り手自らのクリエイティビティは、どれだけ発揮されているのか。それが一番気になる。
上野樹里主演「監察医 朝顔」
一方の「監察医 朝顔」。主人公の万木朝顔(まき あさがお)は、興雲大学に所属する法医学者だ。「サイン」の柚木と同じく解剖の腕は確かだが、遺体との向き合い方が独特で、より人間的なアプローチと言うか、そこに「生きた証」を探し出そうとする。
そして時任三郎が演じる彼女の父親、万木平(まき たいら)は、所轄署のベテラン刑事。仕事上、現場で会うこともある2人は、自宅で同居生活を送っている。
刑事として事件の真相を探る父。解剖医として死因を究明する娘。そんな2人が物語をけん引していく。
ドラマ「監察医 朝顔」の原作は、同じタイトルの漫画だ。香川まさひとがストーリーを、そして作画を木村直巳が担当していた。「漫画サンデー」での連載がスタートしたのが2006年だから、結構古い作品だ。6年前に終了したが、全30巻という大長編になった。
「サイン」と違って、こちらのドラマは、原作を大胆かつ繊細に脚色しているのが特徴だ。
たとえば、朝顔は解剖を始める際、遺体の耳元に顔を寄せて、こうささやく。
「教えてください。お願いします」
相手がまるで生きているかのように向き合う朝顔。あくまでも真摯、そして謙虚なその“振る舞い”は、彼女の人間性や人物像をさりげなく象徴している。
第1話では、死因を再検証するために、同じ遺体を2度解剖することになる。その時も「何度も、ごめんなさい。もう一度だけ、教えてください。お願いします」と、遺体に語りかけていた。
そしてストーリーにも、作り手たちの意欲が見て取れる。
原作に、水のない場所で女性の遺体が発見されるが、その死因が「溺死」だったケースが登場する。本当は同居していた男が風呂場で殺害したことが、後に判明した。
ドラマでは、水辺で犯罪に巻き込まれた女性が、ひん死の状態ながら自宅に帰ろうとして、途中で息絶えた話になっていた。彼女は意識を失っていた時に水を飲んでしまい、その水が時間差で肺に入り、呼吸困難となってしまったのだ。
さらに被害女性は、関係がぎくしゃくしていた娘のために新しい弁当箱を買い求め、その帰り道で襲われたことがわかってくる。自身が「母を失った娘」である朝顔は、残された少女の気持ちに寄り添っていく。
また、平の妻で、朝顔の母親である里子(石田ひかり)の死も、原作とは異なっている。
漫画では旅行先の神戸で、阪神淡路大震災に巻き込まれたことになっていた。それがドラマでは、2001年3月11日、朝顔と一緒に三陸にある自分の実家を訪ねて、東日本大震災に遭遇してしまう。しかも遺体はまだ見つかっておらず、平は県警から所轄への異動を願い出て、妻を探し続けている。
原作の単なるアレンジを超え、原作をベースにした“オリジナル”とも言える脚本(「相棒」シリーズなどの根本ノンジ)のおかげで、このドラマは奥行と厚みのある法医学ドラマとなっているのだ。
上野樹里の演技力に注目
それにしても、あらためて感心するのは上野樹里の演技力だ。原作漫画では「しっかり者のお姉さん」という雰囲気の朝顔だが、ドラマでは、どこか精神的危うさも抱えた、複雑なキャラクターとなっている。上野はそれをごく自然に演じている。
たとえば父の平と亡き母の話をするとき、相手の気持ちをはかりながら、同時にそれを相手に気づかれないようにして話す、その微妙な表情と台詞回しなど絶品だ。
上野といえば、すぐ思い浮かぶのが、「のだめカンタービレ」(フジ系)や、NHK大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」だ。どちらも、好き嫌いが分かれるくらい、強烈な個性を持つヒロインだった。
朝顔は個性的ではあるが、「スーパー外科医」のような存在ではない。弱さも、脆(もろ)さもある普通の女性だ。しかし、理不尽な母の死を嘆き、憤り、そこから声なき死者の声を聞き、「生きた証」を取り戻す“助けびと”になることで、自分をも支えてきた。
「監察医 朝顔」は、過去の法医学ドラマとは一線を画す、ユニークな人物像と物語に挑む意欲作だ。