〔矢沢永吉〕70歳の挑戦と革命
7年ぶりアルバムが初週1位、
ファンを魅了してやまない矢沢語録
ある人は、神々しいまでのステージという。また、ミック・ジャガーに匹敵する歌唱力と動きとも評される。日本のロックシーンの中心にいる矢沢永吉(70)である。多くの人の胸に刻み込まれ熱狂的な支持を集めるそのロック魂は、一体どこに由来するのだろうか。
バラード「時間よ止まれ」がミリオンセラーとなったのは1978年のことだった。それでも時は止まることなく今年9月14日、矢沢永吉は古希を迎えた。
同月に発売された7年ぶりのアルバム「いつか、その日が来る日まで…」は、オリコン週間アルバムランキングで初登場1位を獲得。70歳での1位は、小田和正の68歳を抜いて歴代最年長記録である。
40年以上にわたる矢沢の音楽活動の歩みは、そのまま日本ロック界の歴史と重なり、もはや伝説だ。
49年、広島市で産声を上げた矢沢は、高校卒業と同時に横浜でバンド活動を開始。72年にキャロルを結成、3年後にはソロ活動を始めた。日本人のソロロックアーティストとして初めて武道館公演を行ったのは77年だった。以降、武道館でのステージは通算140回を超え、武道館は「矢沢の聖地」とさえ呼ばれている。
78年には自叙伝『成りあがり』が100万部超えのベストセラーになり、社会現象となった。長者番付歌手部門1位になったのもこの年だ。99年に初のアメリカツアーを敢行、好評を博す。昨年9月、東京ドーム公演を行い、5万人のファンが会場を埋め尽くした。
ロック界の頂点に長く君臨し続けられるのはなぜか。ファンはなぜ惹(ひ)きつけられるのだろうか。
『1億2000万人の矢沢永吉論』の著書があるライターの浅野暁さんは、こう指摘する。
「日本に初めてロックを持ち込んで、そこからまったくブレずに自分の音楽を続けてきたのが矢沢さんです。ファンもまたずっと一緒に歩んできた。矢沢さんは途中で詐欺事件に巻き込まれたりするなど波瀾(はらん)万丈でしたが、それでもツアーを40年以上続けています。苦難があっても自分の道を突き進む姿に、中高年の男たちは鼓舞されるのでしょう」
中高年だけではない。浅野さんによれば、中学時代にグレていた少年が母親に矢沢のライブを勧められ、その成りあがりの半生に衝撃を受け、一念発起して高校に進学した。こうした若いファンは少なくないという。
上智大の碓井広義教授(メディア文化論)はこんな分析をする。
「時代に対応して生き抜いているアーティストが多い中、矢沢さんは“対応なんてしない、俺が時代だ”というような空気が体の中から滲(にじ)み出ています。青年矢沢が50年近くそのままの姿でいる、決して枯れることなく、安易な成熟とも無縁だ。そのことに感動する。音楽はもちろん、貫き通している矢沢さんの生き方に心が動くのです」
世の中全体が小さくまとまるような時代だからこそ、カリスマとして矢沢の存在そのものが光って見えるのかもしれない。ファンはだから、同じ場に身を置きたいと思う。そんな普遍的なカッコよさは、年齢を問わず誰にでも伝わるのだろう。
◇年をとっても魂は老けない
「もう一つ忘れてはならないのが、“矢沢語録”ともいえる彼の言葉です。音楽プラス語録という二つの突出した部分、つまり生き様に惹かれるのです。これが希代のロックスターの神髄なのです」(前出の浅野さん)
では、その“語録”の一部を著書やライブのMCなどから紹介しよう。
矢沢の飽くなき挑戦心の原点は、恵まれなかった少年期にあるのかもしれない。
〈新聞、牛乳配達。フィルム運び……新聞は小学校六年生くらいから始めたな。(中略)稼いだ金の半分以上は腹の中に入ってたな〉(矢沢著『成りあがり』より)
苦難と屈辱に満ちた生活から早く抜け出したいと思っていた。だから、ギター1本を抱えて上京、スターを目指したのだ。
〈オレは、だれもがBIGになれる“道”を持っていると信じている〉(同)
攻撃こそ最大の防御とでもいうように、矢沢は攻めていった。キャロルを結成し、ソロとなり、海外進出も果たした。当然、うまくいかないことも多かった。そんなとき、心に染み入るような言葉がこれだ。
〈人間の一生は、トーナメント戦じゃない。勝ったり負けたりをくりかえすリーグ戦だ〉〈人生というのは、失うものを増やしていくゲームなんだ〉(矢沢著『アー・ユー・ハッピー?』より)
から、どんなことがあっても戦うことをやめない。
〈海の向こうでは70歳過ぎてバリバリのロックシンガーいっぱいます。日本、まだいません。オレやります〉(今年7月のライブで)
今年8月24日に放送されたNHK「ドキュメント矢沢永吉~70歳 魂のレコーディング~」では、最新アルバムについて、
〈同じ世代の人たちがこれ聴いて、年取ることもそんな悪いことじゃないよね、(中略)というようなアルバムになってくれたら……〉
と、衰えぬロック魂を語った。このアルバムタイトル「いつか、その日が来る日まで…」の「その日」とはいったい、何を意味するのだろうか。「死ぬまでロックンロール」の矢沢的アンチテーゼなのかもしれない。
20代でデビューした矢沢は70歳になった。肉体は確実に年齢を重ねたが、挑戦し続ける精神は衰えるどころか、なお盛んである。前出の浅野さんは、数々の矢沢語録の中のこんな光る一節が印象に残るという。
〈年とるってのは細胞が老けることであって、魂が老けることじゃないんだよ〉
40年以上ロックを奏でていても変わらないカッコよさがそこにはある。昨日の流行がきょうは過去のものになる世の中にあって、過去の人にならない。不変の夢に魅せられる。矢沢もファンも、そのことに誇りを持っている。【本誌・青柳雄介】
(サンデー毎日 2019.10.13号)