2019年ドラマ総括
SNS全盛期の想像力と距離感がキーワード
令和元年も残り1週間となった。この1年、世の中は傲慢政権のほころびが目立つばかりで、あまりいいことがなかったような気がする。将来、単なる「オリンピックの前の年」と言われそうだが、さて、ドラマ界はどうだったのか。
まず1月クール。強い印象を残したのが、菅田将暉主演「3年A組―今から皆さんは、人質です―」(日本テレビ系)だ。
男が突然、高校に立てこもる。武器は爆弾。人質は3年A組の生徒全員。しかも犯人の柊(菅田)は担任教師だ。事件の背後に水泳の五輪代表候補だった澪奈(上白石萌歌)の自殺があった。
ドーピング疑惑で騒がれ、周囲から陰湿ないじめを受けていたのだ。柊はさくら(永野芽郁)ら生徒たちに、「なぜ澪奈は死んでしまったのか、明らかにしろ」と迫る。
やがて澪奈の水着を切り刻んだり、自宅に投石したりしたのが香帆(川栄李奈)であることが判明。柊は香帆に言う。「自分が同じことをされたらどんな気持ちになるか、想像してみろ」と。実は「想像力」こそ、このドラマのキーワードだ。
物語の中では、これでもかというほどネットやSNSの“負の威力”が描かれていた。確かにスマホは便利だが、この手のひらの中のパソコンは、使い方によっては自身の思考を停止させてしまう。
同時に他者の人生を破壊することさえ可能だ。このドラマはこの凶器の危うさを徹底的に暴いてみせた。
ただの立てこもり事件と思わせておいて、徐々にドラマの意図を明かしていったオリジナル脚本は武藤将吾。迫真の演技の菅田と共に、このドラマを成功へと導いた立役者だ。
4月クールでは、吉高由里子主演「わたし、定時で帰ります。」(TBS系)が出色だった。原作は朱野帰子の同名小説。脚本は奥寺佐渡子と清水友佳子である。
32歳の結衣(吉高)が勤務するのは、企業のサイトやアプリを制作する会社だが、10年選手の彼女は残業をしない。「会社の時間」と「自分の時間」の間に、きちんとラインを引いている。
モーレツ社員だった父の姿や、かつての恋人だった種田(向井理)が過労で倒れたことなどから、無用な働きすぎを警戒し、定時で帰ることをポリシーとしているのだ。とはいえ、その働き方には工夫があり、極めて効率的だった。
当然、周囲との軋轢はある。たとえば部長の福永(ユースケ・サンタマリア)は、結衣の「働き方」に皮肉を言い続けていた。
しかし、はじめは冷ややかに見ていた周囲の人たちも、物語の進行と共に徐々に変わっていく。最終回、結衣が部下たちに言う。「会社のために自分があるんじゃない。自分のために会社はある」と。
このドラマは、「働き方」を考えることは自分の「生き方」を見直すことでもあることを、重すぎず軽すぎないストーリーと人物像で描いて見事だった。
主人公が変わることで周りも変わっていく
黒木華主演「凪のお暇」(同前)が登場したのは7月クールだ。凪(黒木)は28歳の無職。職場の同僚や恋人(高橋一生)との間で、「空気を読む」ことに疲れた彼女が、「人生のリセット」を試みる物語だった。コナリミサトの同名漫画が原作で、脚本は大島里美だ。
人がストレスを感じる大きな要因は人間関係にある。このドラマでは、そこから逃げるのではなく、「お暇」という形をとったところが秀逸だった。
抱えている課題や問題はいったん脇に置き、それまでの自分、それまでの対人関係などと、時間的・空間的な距離をとってみる。そんな「自分を見つめ直すプロセス」を描いていた。
もちろん、人はすぐには変われない。しかし、本来の自分、素の自分というものに「気づいたこと」が大きかったのではないか。そのことで少しずつ主人公が変わり、周りの人間も変わっていく。気づくことで生まれる「リセットパワー」。このドラマの醍醐味はそこにあった。
10月クールの注目作は、高畑充希主演「同期のサクラ」(日本テレビ系)である。10年前、主人公のサクラ(高畑)は、故郷の離島に橋を架ける仕事がしたいと大手建設会社に入社した。
だがドラマの冒頭、なぜか彼女は入院中で、脳挫傷による意識不明の状態だった。見舞いにやってくるのは清水菊夫(竜星涼)や月村百合(橋本愛)といった同期の仲間だ。10年の間に一体何があったのか。その謎が徐々に明かされていくという仕掛けだ。
このドラマの最大の特色は、ヒロインであるサクラの強烈な個性にある。普段はほとんど無表情。おかっぱ頭にメガネ。一着しかない地味なスーツを寝押しして使っている。
加えて性格は超がつく生真面目で、融通が利かない。正しいと思ったことはハッキリと口にするし、相手が社長であっても間違っていれば指摘する。場の「空気」を読むことや、いわゆる「忖度」とも無縁だ。そのため社内で徹底的に疎まれ続ける。
サクラというキャラクターは明らかに難役だ。しかし高畑は荒唐無稽の一歩手前で踏みとどまり、独特のリズム感と演技力によってサクラにリアリティーを与えていた。
本来はまっとうであるはずのサクラが、どこか異人に見えてしまう組織や社会。また、すべてを常識という物差しで測ろうとする現代人。サクラと同期たちが過ごした10年には、私たちが物事を本質から考え直すためのヒントが埋め込まれていた。
脚本は遊川和彦(「家政婦のミタ」など)のオリジナルだ。来る2020年、漫画や小説が原作のドラマだけでなく、ドラマでしか出合えない秀作が一本でも多く出現することを期待する。
(日刊ゲンダイ「テレビ 見るべきものは!!」2019.12.25)