九州の西日本新聞に、
『倉本聰の言葉―ドラマの中の名言』
についての書評コラムが
掲載されました。
筆者である、
編集委員の上山武雄氏に
感謝いたします。
名ぜりふに学びたい
山上武雄
(くらし文化部編集委員)
昨今のマスク越しの会話に、この言葉が挟まる。「こんな時期ですからね」。“こんな”。説明しなくてもこんなことが、どんなことか分かってしまう。自粛せざるを得ない、そんな時期に、巣ごもりしてこんな本を読んだ。
「倉本聰(そう)の言葉 ドラマの中の名言」(新潮新書)。「前略おふくろ様」「北の国から」「やすらぎの郷(さと)」など数々の名作を書いてきた脚本家の倉本聰さん(85)。倉本さんに師事してきた元上智大教授の碓井(うすい)広義さんが、ドラマの名ぜりふをまとめた。テレビドラマ界の巨人による言葉は、いずれも普遍性に富む。
「人と人とが信じ合わなくなったらこの世は何と暗くなることか」
NHK時代劇「文五捕物絵図」で岡っ引きの文五(杉良太郎さん)が発した。文五の嘆きを碓井さんは「格差社会、分断社会といわれる、生きづらい現代社会と、そこに生きる私たちに対する警鐘にも聞こえる」と解説する。放送開始は1967年。50年以上たっても痛切に感じる。
やすらぎの郷(2017年)では高井秀次(藤竜也さん)が「人は忘れます、そのうち過ぎたことを。東日本大震災のことだって。原発事故のことだって。-みんな簡単に忘れたじゃないスか。いけませんよね、そういうこと忘れちゃ」。突き刺さる。
「かれらには何でもできるのだ。どんな無法でも、どんな残酷なことでも、幕府の名をもって公然と押しつけることができる」。赤ひげ(1972~73年)新出去定(にいできょじょう)(小林桂樹さん)のせりふ。権力者はいつの時代でもか。こんな時期、よけいに思う。
同じく新出の「人間を愚弄(ぐろう)し、軽侮するような政治に、黙って頭を下げてしまうほど、老いぼれでもなけりゃあ、お人好しでもない。俺は-」。
あにき(77年)で神山栄次役を演じた高倉健さんは劇中「人には通すべき筋ってもンがある」。そうです。健さんのおっしゃる通り。
倉本さんはせりふに「ん」ではなく「ン」をよく使う。以前取材した時、「ん」より「ン」の方が「はねる感じがあるから」と教えてくれた。演者の口ぶりが生き生きとする。
そして「モノには必ず終(おわ)りってモンがある。うン」。
「北の国から’98 時代」で北村草太(岩城滉一さん)が別れについて語ったものだ。
少々強引かもしれないが、「モノには」を「こんな時期も」と置き換えたい。いつか誰もが“当事者”であるこんな時期から解放されて、あんな時期があった、と。希望を持ちたいなあ。うン。
(西日本新聞 2020.06.05)