コロナ禍で読者も作家も変わった 「新しいマンガ様式」
新型コロナ感染者の急増で政府肝いりの「GoToキャンペーン」は迷走し、8月に入ってからも自粛ムードの“延長”が見込まれている。そうした自宅で消費するエンタメとして多くのファンを楽しませてきた「マンガ」の世界では、コロナ禍である変化が起きていた。
出版科学研究所の発表によると3月の書籍雑誌の推定販売金額は前年同月に比べ5.6%減となる中で、コミックスは約19%増加したという。『鬼滅の刃』(集英社)など人気作の台頭もあってかマンガの人気は衰え知らずだが、読み手の“様式”には変化があったようだ。
元上智大教授でメディア文化評論家の碓井広義氏はこのコロナ禍を機に、「“新しいマンガ様式”が浸透しつつある」と考察する。
「長らく出版不況と言われてきましたが、コロナ禍に入る前のマンガの世界は電子出版の売り上げが大幅に増えており、大きな“転換期”を迎えていました。今回の長い自粛期間はその動きを予想以上に加速させた。出版社が積極的に『無料配信』などを行ったことで、初めてデジタル書籍に触れた人も多く、日常の読書スタイルにも変化が起きたのです」
碓井氏の予測では、マンガのデジタル移行は「もう数年遅い」見込みだった。また、他のエンタメとは異なる独自のデジタル化が進んでいると指摘する。
大御所マンガ家の新連載にも“異変”
「コンテンツの世界で最初にデジタル化の波が訪れたのが音楽、その次が映画でした。それが今回のコロナで予想以上に早くマンガの世界にも普及してきた。ですが、マンガは映画とは少し違う流れになると思います。売り上げの数字を見てみると、直近は紙のコミックスの売れ行きも堅調です。つまり読者は『紙か、デジタルか』の二元論ではなく、柔軟な対応ができている。まさに『新しいマンガ様式』が急速に浸透していると言えるでしょう。
それはマンガは作品に連続性があり巻数が多いこと、表紙のデザイン性が高く“コレクション”としての商品価値が高いことが影響しています。今後も、紙の単行本を集めていく人とデジタルを購入する人が共存していく複層構造が続くのではないでしょうか」
そうした「新しいマンガ様式」と向き合っているのは、読者だけではない。作品を発信するマンガ家にも変化が起きている。
『好きです鈴木くん!!』などの人気作で知られる累計1800万部超の人気作家・池山田剛氏もその1人だ。これまで王道の学園モノを描いてきた池山田氏だが、7月20日発売の『Sho-Comi』(小学館)で発表した最新作『異世界魔王は腐女子を絶対逃がさない』では、これまでにない「ファンタジー恋愛」に挑んでいる。
池山田氏が始めて「王道ではない設定」を選んだのも新型コロナが影響していた。
「実は以前から、次の作品はファンタジーを描いてみませんか? というお話を編集部からいただいていました。ですが、これまで学園モノばかり描いてきた私がファンタジーを描けるのだろうか?と迷っていて……。そんな葛藤の中で新型コロナウイルスが猛威をふるい、全国の学校が休校、ニュースはコロナ一色になってしまいました。
私の母はとても真面目な人間で、暗い話題ばかりの生活に気が滅入っているようでした。どうしたらいいものか──と考えているうちに、昔、母が『冬のソナタ』にハマっていたのを思い出したんです。そこで今話題の韓国ドラマ『愛の不時着』を見てみたら?と伝えたところ、これが大当たり。すっかり目がキラキラと輝き出しました。その時に、『ああエンタメって大事だなぁ。夢のあるお話ってこんなに人を元気づけるんだ』と思ったんです。
そこで改めて“マンガ家として自分には何ができるのか?”と考えてみました。辛い現実が日々隣にある今こそ、私自身も“学園”という殻から飛び出して、夢のあるファンタジーの世界を描いてみようと決心することができたんです」
池山田氏だけではなく、大御所作家が新たなテーマへ挑戦する事例が目立つ。『BLACKCAT』『To LOVEる』などで『週刊少年ジャンプ』(集英社)の看板作家として活躍した矢吹健太朗もその1人だ。新連載『あやかしトライアングル』は第1話から主人公が男性から女性へと「性転換」するというかつてない展開を見せてネット上で大きな反響を受けた。
ネガティブな面ばかりに目がいく「新しい生活様式」だが、「新しいマンガ様式」は作り手も読み手も双方が新しいことに挑戦する良い転換期になっているのかもしれない。
(NEWSポストセブン 2020年07月23日)