「伝説の広報」が明かす
”お笑い商社”の紆余曲折
竹中功『吉本興業史』
角川新書 990円
以前、旅番組の制作に携わっていた。出演した桂文枝(当時は三枝)師匠に、旅先で訊ねたことがある。所属芸人が「休みたい」と頼んだら、「ええよ」と言いつつホワイトボードのスケジュールをその場で全部消されたという話。「あれは本当ですか」と。師匠は「あり得ると思わせるのが吉本らしさですわ」と笑いながら答えてくれた。
竹中功『吉本興業史』で最も興味深いのは、組織を動かしているのが論理やシステムではなく、「人」であることだ。「吉本が好きな芸人」がこの会社に残り、会社は彼らの成長を「愛情をもって見守る」。そんな関係性が基本となっている。雇用関係というより、完全に「ファミリー」だ。
とはいえ、子どもの中から親不孝者や世間に迷惑をかける不良が出てくることはある。しかも昨年の「闇営業問題」などは、本人だけでなく、吉本興業という家庭が抱える特殊な”遺伝子”に起因しているかもしれないのだ。本書に記された、創業以来の紆余曲折の歴史がそう思わせる。
著者は5年前まで運営側にいた。「伝説の広報」と呼ばれた切れ者だが、吉本興業を指して一種の「生命体」だと言う。無機的存在ではなく、それ自体が命を持った生き物。環境や外界に適応し、時には自分に合うように周囲を変えながら生き続けていく。そのエネルギーの源は「笑いという商売」への執念だ。本書には、「私家版」の社史だからこそ書けた、異形の企業の過去と現在がある。
(週刊新潮 2020.07.23号)