「普遍的課題」道内から迫る
民放2局 ドキュメンタリーで高評価
道内民放局制作のドキュメンタリー番組が本年度、放送各賞で高い評価を受けた。道警ヤジ排除問題を扱った「ヤジと民主主義~小さな自由が排除された先に~」(HBC)はギャラクシー賞報道活動部門、ディレクターが体験を通じて乳がん治療の課題や患者の心情に迫った「おっぱい2つとってみた~46歳両側乳がん~」(HTB)は日本民間放送連盟賞テレビ報道番組部門で、それぞれ優秀賞を獲得。いずれも道内勢の受賞は4年ぶりで、前者は日本ジャーナリスト会議のJCJ賞にも輝いた。制作のこだわりを聞いた。(原田隆幸)
HBC「ヤジと民主主義」 メディアのあり方も自問
今年2月に30分番組としてTBS系で旧題で放送。訴訟の動きなど新たな要素を加え、1時間番組として4月下旬にも放送した。
昨年夏の参院選で、前首相が札幌で街頭演説した際の道警の対応がテーマ。「安倍やめろ」とヤジを飛ばした男性、増税反対を叫んだ女性が排除され、年金に関するプラカードを掲げようとした女性も遠ざけられた。当日の自社映像に加え、当事者に現場で振り返ってもらう場面も印象的だ。
山崎裕侍・報道部編集長は「出遅れた負い目もあった」と明かす。同局の当日のニュースは首相演説をメインにし、一部聴衆に混乱があったと伝えた程度。しかし、休刊日明けの全国紙が大きく「ヤジ排除」問題を報道した。出張から戻った山崎さんは自局でも追及すべきだと主張。若手記者と2人で関係者や弁護士などへ取材を重ね、現場にいた人から映像を集めた。
番組では、首相の演説を聞きたかったという人の声も紹介した。「違う意見も取り上げて、それでもなお『ここは許せない』という論理構造にしたかった」
多くの報道陣がいる中で問題は起きた。「あなたたち(メディア)は無視されたんですよ」という元道警釧路方面本部長、原田宏二氏の耳に痛い言葉もそのまま放送した。山崎さんは言う。「安全地帯から道警をやり玉に挙げているのではない。われわれメディアのありようも問われている」
HTB「おっぱい2つとってみた」 告知、手術…体験を記録
ディレクターは、HTBネットデジタル事業部副部長の阿久津友紀さん。長年、報道や情報番組の部署で乳がんを巡る問題を伝えてきたが、昨年夏、自身も両側の乳がんが判明した。
健康診断で異常を指摘され、独断で検査の様子や医師との対話などをカメラに収め始めた。告知された時はショックと同時に「自分は得がたい立場にある、と思ってしまった」と言う。多くの取材経験があり、母親も乳がん経験者。何より「告知の瞬間」の貴重な映像も撮ってあるからだ。
局の了解を得て、摘出手術の様子も撮影。「誰に助けを求めるか、何を医者に問うべきか、困っている人もいると思う。私の姿が不安を弱められるかも」と自身を赤裸々に映した。
同時に、かつて取材した患者、新たに出会った患者との交流から、治療への思いや希望など本音を引き出した。「取材活動で感謝されることはなかなかない。今回、取材されてよかったと言われ、荷が下りた気がした」と振り返る。
自らを素材とするにあたり「客観性って何だろう」と自問を重ねた。思いを語るのにナレーションは使わず、他者との会話で自然に出た言葉を映像で伝えた。「心の動きや悩み、周囲の支えでなんとか前に向き始めていることを、リアルに感じてほしかった」。患者仲間の食事会で涙を流す自身の姿もそのまま報じた。
地方局「自前」の時代(評論家 碓井広義さん)
地方発ドキュメンタリーの意義はどこにあるのか。民放連賞の選考経験もあるメディア文化評論家の碓井広義さんは「足もとの視点から、普遍的で奥深い課題を描けている」と言う。
受賞した2局とも、ドキュメンタリー専門の社員はいない。日々のニュースや情報番組の特集用に取材を重ね、素材が集まってようやく、まとまった番組をつくるめどがつく。キー局が設けたドキュメンタリー枠が地方局の一つの目標だ。
ネットの普及でテレビの地位が相対的に後退し、景気低迷でCM売り上げも伸び悩む。「キー局の番組を流せば商売になった時代から、自前でつくって届ける時代になった」と碓井さん。「ドラマに比べ、地方民放の力を発揮できるドキュメンタリーがクローズアップされてきた」とみる。
受賞作は、HBCは動画投稿サイト「ユーチューブ」の公式チャンネル、HTBは自社配信サイト「北海道onデマンド」で無料配信中だ。地方局もネットを通じて世界に発信できる時代。碓井さんは「各局の制作力が一層問われている」と話す。
(北海道新聞 2020.11.14)