2013年のテレビを振り返ってみると、最も印象に残っているのは、やはり「あまちゃん」です。
1本のドラマをめぐって、これだけたくさんの取材を受けたという体験もありませんでした。
新聞や雑誌で行った解説やコメントは、このブログの右側にある「新聞・雑誌でのコメント・論評」欄をチェックしてみてください。
さて、大晦日特別企画として(笑)、今もたくさんの方々が読んでくださる、「週刊現代」(2013.06.01号)の座談会を再録したいと思います。
ご一緒したのは、元NHKアナウンサーの松平定知さんと、アイドル評論家の中森明夫さん。
「あまちゃん」の放送が始まってからまだ間もない、5月というタイミングで行われた緊急座談会です。
それでも、このドラマの画期的なこと、その核心部分には、しっかり触れていたのではないでしょうか。
予測部分は、当たっていたこと、外れていたこと、いずれも面白い(笑)。
とにかく、3人のおじさんたちが、これだけ熱く語っているだけで、半端じゃないドラマだったことが分かります。
【緊急座談会】
松平定知×碓井広義×中森明夫
じぇじぇじぇ!
連ドラ『あまちゃん』にハマっちゃったべ
ありえない透明感
松平 『あまちゃん』のロケ地である岩手県久慈市はこのGW、観光客が押し寄せて大盛況だったみたいですね。これから夏にかけてもっと増えるでしょう。
中森 初回から安定して20%超えという高視聴率ですからね。単純計算すればおよそ2500万人が見ていることになる。
碓井 私は長年朝ドラを見続けていますが、『あまちゃん』は10年にひとつの傑作だと思っています。
松平 私も毎朝欠かさず、家内と一緒に見ています。数少ない夫婦団欒の時間になっています(笑)。
中森 私は脚本がクドカン(宮藤官九郎)で、小泉今日子が出るというから、見始めたんです。すると想定を超えて面白くって、毎朝ツイッターで実況しています。それに反応して達増拓也岩手県知事も連絡をとってきてくれたりして、盛り上がりは大変なもの。こういう中高年男性は案外多いんじゃないかなあ。
碓井 老若男女、どの世代にも受け入れられるつくりになっていますよね。能年玲奈演じるヒロイン・アキ、小泉今日子演じる母・春子、宮本信子演じる祖母・夏と3世代の物語を本当にバランスよく織り交ぜていますから。実際うちの母は80代ですが、私と同じように毎朝笑いながら見ています。
中森 私にとってはなによりヒロイン。能年玲奈ですよ。かわいい! 長年忘れていた「透明感」という言葉を思い出させてくれました。
碓井 魅力的な美少女ですよね。いやらしさを感じない。純朴な天然少女を演じてもわざとらしくない。一生懸命で応援したくなる。スター女優の才を感じます。
中森 ヒロインの能年玲奈と、その親友役の橋本愛は10年、映画『告白』ですでに共演しているんです。中島哲也監督はそのキャスティングの際、「中学生の話だから、役者も15歳以下に絞る」とこだわったんですが、唯一オーバーエイジで選んだのが当時16歳の能年玲奈だった。中島監督は当時から「彼女は特別だから」と明言していました。
そんな美少女が、海女のかすりはんてんを着て海に飛び込み、潜る。その躍動する姿だけでも見る価値がありますよ。
松平 たしかに水しぶきをあげて飛び込むシーンは、清々しい気持ちになりますね。朝見るのに最適だと思います。
碓井 『あまちゃん』の素潜りの映像の力はすごいですよ。見ているだけで楽しい。海底の青い画面は美しいし、ボンベをしないから顔も見える。テレビドラマにおける発明だと思います。
中森 海から上がってきたら全身びしょびしょで、そこもまたかわいい。彼女を見ると幸せな気分になりますよ。
実在の小泉今日子について
松平 東北弁が織り込まれた台詞がまたいいですよね。エスプリが利いていて実に面白い。言葉そのものは平易なんですが、これが実際に掛け合いになると、途端に生き生きとしてくる。特に北三陸の地元民の方々の会話は傑作で、ずっと聴いていたいくらい。毎日一言一句聞き逃すまいとしていますよ。
碓井 ユーモラスな会話劇に定評のあるクドカン脚本ですからね。でも、やはり松平さんのような言葉のプロだとそういうところを気にされるんですね。
松平 一つだけ気になっていることがあるんですよ。皆さん「あまちゃん」の「ま」にアクセントを置いて発音されていますが、それでは「海女」ではなくて「尼」になってしまう。正しいアクセントは「あ」のところだと思うんです。
中森 言われてみればそうですね。
松平 もしかしたら東北の方言なのかもしれませんが、少し気になります。
碓井 方言と言えば「じぇじぇじぇ!」(東北の方言で、驚いたときに使う)ですよね。ヒロインの能年玲奈じだけじゃなく、登場人物がことごとく言うから、不思議に耳に残る。
中森 流行語大賞狙えるんじゃないでしょうか。私もツイッターやメールで頻繁に使ってます(笑)。
松平 しかし主演の能年さんだけでなく、杉本哲太さん、木野花さん、渡辺えりさん、荒川良々さんなど、バイプレイヤーも抜群ですよね。
碓井 キャスティングも本当に素晴らしいですね。おそらくこれほど舞台の実力者が出演している朝ドラはかつてなかった。
それになんと言っても小泉今日子。かつてのアイドルが本当にいい女優になりました。あのキョンキョンがほとんどノーメークということで、旧来のファンからは少なからず批判もあるそうですが、おかげで40代女性のリアリティを表現できている。
松平 アキが新人海女として地元のアイドルになって、テレビ出演が決まりそうになったとき、あのキョンキョンが自分の娘に向かって「あんたみたいなブスがアイドルになれるわけないでしょ!」って叫ぶんですから、驚きましたよ。
碓井 でも彼女がそんなに激する理由も、物語が進展して、わかってきた。小泉今日子演じる春子は実は「アイドルを目指して上京して夢破れた主婦」だった。だから、たいした意志もなくアイドルになろうとしている娘に嫉妬していたわけです。
中森 アイドル中のアイドルである小泉今日子が、アイドルのなりそこないを演じるんだから、たまらないですよ。にくいキャスティングです。
碓井 上京した時のまま、時間が止まったように保存されている春子の部屋には、当時の春子の憧れのアイドル・松田聖子のポスターがでかでかと張ってある。
中森 その部屋を春子が出て上京したのは1984年という設定なんですが、なぜ1984年なのか。ここが重要だと思うんです。
現実のその年、キョンキョンは『渚のはいから人魚』で初めてオリコン1位を獲得し、トップアイドルになっています。でもその部屋を埋め尽くすポスターやレコードには、松田聖子や山口百恵はいても、キョンキョンはいない。つまり『あまちゃん』の世界は、「小泉今日子がアイドルとして成功できなかった」パラレルワールド。言わば『あまちゃん』はクドカン版『1Q84』なんですよ。
松平 おお! なるほど!(笑)
3・11をどう描くか
中森 これでクドカンも一躍国民作家ですね。
碓井 彼も元々はマイナーな舞台人。ドラマ『池袋ウエストゲートパーク』(TBS系)や映画『GO!』でゼロ年代初頭に颯爽と登場し、一部の若者には絶大な支持を得ていたけれど、幅広い層にウケる脚本家ではなかった。だからクドカンにとって『あまちゃん』は、言わば第二のメジャーデビュー作。勝負の一作だったはずです。
中森 この他にも、八木亜希子が元女子アナ役だったり、今後薬師丸ひろ子がアイドル役で登場予定だったり、ドラマ世界と現実世界が入り交じっていて、様々な深読みができる。それもこのドラマの面白いところだと思います。
松平 王道的な朝ドラとしてしっかりクオリティを保ちながら、こうしてツッコミどころをたくさん仕込んでくるクドカンの手腕というのは恐ろしいですね。
中森 本当に脱帽ですよ。先日は、アキの親友役の橋本愛が、映画で共演した俳優の落合モトキとフライデーされ、その翌週に落合が『あまちゃん』に登場したりして、「これもクドカンの演出なのか?」と一瞬疑ってしまった。それも『あまちゃん』が現実と虚構を越境するドラマになっているからです。
松平 NHKの公式発表によれば、ドラマの後半、アキが上京してアイドルグループ『GMT(ジモト)47』の一員として奮闘する物語になるとか。海女ドラマからアイドルドラマに大きく舵を切るようですね。私としてはついていけるか不安です(笑)。
中森 私にとっては望むところなんですが(笑)。
でもそういう展開になったときに、中年男性の水先案内人を務めるのが小泉今日子でしょう。小泉今日子というのは、特別なアイドル。30年間アイドルとしてやってきて、いまでもアイドルです。このドラマは彼女がいたからこそ成立したと言えます。小泉今日子は影の主役といってもいいかもしれない。
碓井 今後のことで言えば、もう一つ気になるのが、東北(宮城県)出身のクドカンが、3・11をどう描くか、ということです。おそらくそのために、『あまちゃん』の舞台は、わざわざ08年と少しだけ過去に設定されている。
中森 朝ドラというのは本来、女の一代記であると同時に、戦争の物語でもあるんですよ。『おしん』だって『澪つくし』だって、戦争がドラマの重要なファクターとなっていました。だから終戦記念日の頃になるともんぺを履いて空襲、というのがかつての朝ドラのパターン。近年はすっかり忘れ去られていましたが、『あまちゃん』では3・11が戦争の代わりになるわけです。
碓井 被災から2年が経ちますが、日本のドラマはまだ一度も正面から東日本大震災を描けていません。昨年の話題作『最高の離婚』(フジ系)は震災をきっかけに結婚した夫婦のドラマでしたが、舞台は東京だった。おそらく『あまちゃん』は日本初の本格的震災ドラマになります。
中森 能年玲奈のいまの凛々しくかわいらしい顔が、3・11という極限を前にした時、どう変わるのか。その顔が見たい。
碓井 その震災の描き方の予想のひとつのカギは、ナレーションだ、という話があります。
松平 ナレーションは祖母・夏役の宮本信子さんが担当されていますよね。あれもハマリ役だと思います。
碓井 ナレーションは普通、第三者的に、いわゆる神の視点で物語をナビゲートするか、登場人物が回想として心の声をナレーションするか、のどちらか。でもこの夏のナレーションは、その両方をこなし、さらに夏以外の登場人物の心の声も語る。役も神も超越してしまっているわけです。
ここから「夏は11年の震災で亡くなってしまうのではないか。そして霊となって08年に遡行してアキたちを見守っているのではないか」という予測もあるようです。
中森 鋭い意見ですね。そう考えれば色々と合致してくる。
松平 震災後、アキはどんな行動をとると皆さんは予想されますか?
碓井 アイドルとして三陸に戻るんじゃないでしょうか。被災した地元の人々の元に駆けつけ、震災と向き合う。そこにアイドルを描くことの意味があると思うんです。
ドラマと現実の境目が消える
中森 震災以来、現実のアイドルであるAKB48が被災地訪問を続けている姿と重なりますね。
碓井 そうですね。中森さんのような専門家の前でアイドルを語るのもおこがましいのですが、私はアイドルというものは、人を元気にさせる存在だと定義しています。その意味でアイドルは、最も遠いように見えて、最も朝ドラのヒロインにふさわしい職業かもしれない。
中森 私は能年玲奈が劇中のアイドル名義でCDデビューするんじゃないかと睨んでいるんですよ。それで紅白歌合戦に出場する、と。朝ドラ主演女優としてではなく、「天野アキ」という歌手として。
97年の朝ドラ『ふたりっ子』では、劇中歌手のオーロラ輝子がCDを出して大ヒット、その年の紅白にも出場しましたから、ありえない話ではない。
松平 大友良英作曲、クドカン作詞で、小泉今日子が歌うドラマオリジナル曲『潮騒のメモリー』も発表されましたからね。期待していいかもしれません。
碓井 そうなるといよいよ現実と虚構がないまぜですね。面白くなりそうです。
中森 『あまちゃん』は本当に文句なしのドラマなんだけど、ひとつだけ苦言があるんですよ。ドラマの直後に始まる『あさイチ』です。
キャスターの有働由美子アナと井ノ原快彦(∨6)が、冒頭でいちいち「じぇじぇ!」とか言いながら、ドラマの感想をコメントするんです。せっかく爽やかな気分になっているのに、急に現実に戻される。あれはやめていただきたい(笑)。
碓井 わからないでもありませんが……。
中森 だから最近は『あまちゃん』が終わったら慌ててテレビを消すようになりました。
松平 私はノーコメントで(笑)。
(週刊現代 2013.06.01号)